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GLP-1受容体作動薬はダイエットキラーか?
2024/08/28

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概要

条件付きではありますが、肥満症治療薬は医療に革命をもたらす可能性を秘めています。



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肥満症患者には、2型糖尿病、冠状動脈性心疾患、循環器疾患、関節疾患等の他にも、寿命を縮め、生活の質を落とす様々な疾患を発症する傾向があります。世界保健機関(WHO)によれば、肥満症が主に、先進国で蔓延し、新興国でも増え続けている状況は、ヘルスケア・システムの危機的状況を表しています1

最近まで主な肥満症治療には、運動やダイエット等の生活習慣の改善と、手術の2通りしかありませんでした。前者は、減量のための食事療法のほとんどが流行の域をでないものであることから、効果を上げていませんし、後者は、万人向けではありません。高額であることに加えて危険と副作用を伴い、身体に負担をかける治療法だからです。こうした状況を勘案すると、明らかに効果の高い新しい治療薬の出現がこれほど大きな関心を集めているのはもっともです。ピクテのテーマ株式運用アドバイザリー・ボード(TAB)の直近のミーティングでも、肥満症治療が主な議題になりました。

ヘルスケア革命

最新の肥満症治療薬は、GLP-1(グルカゴン様ペプチド1)と呼ばれるホルモンの作用を模倣することによって、食欲を抑えます。生活習慣の改善とGLP-1の投与を同時に行った場合、被験者の体重減少率は平均15%と、生活習慣の改善だけの場合の5%を大きく上回ったことを報告する研究論文が発表されています2。これだけでも肥満症に効果があったわけですが、肥満症と診断された直後に体重を15%減らすと、2型糖尿病を寛解させるという証拠も発表されています3

最新の研究は、GLP-1受容体作動薬が、主に心臓発作や脳卒中等の心血管疾患の発症率を20%低下させたことを示唆しています。これは、心血管疾患の既往歴のある、非糖尿病性の成人肥満症患者を治療開始後40ヵ月間追跡した治験結果です4が、同時に、慢性腎疾患、重度の脂肪肝、心不全等の治療についても治験が行われています。また、アルコールやギャンブル依存症等、様々な依存症の治療においても、依存軽減効果があるとの報告も見られます。

GLP-1受容体作動薬の副作用は、一般的に、下痢や嘔吐等の胃腸障害に限られるものの、米国医師会が発行する国際的な医学雑誌「ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション(Journal of the American Medical Association)」5によれば、稀にしか起こらないとはいえ、膵炎や重篤な胃障害の発症率が高くなるなど、重大な危険性が懸念されています。

ピクテのTABは、GLP-1受容体作動薬が、少なくともスタチンと同程度の影響を及ぼす公算が大きいと考えています。スタチンは、抗コレステロール薬であり、心臓発作や脳卒中の発症率を25%程度減らすことが様々な研究によって証明されており、冠状動脈性心疾患の予防薬の一つとして最も広く処方されています。

現在、多くの分析が、特に医療業界と、より一般的な食品消費に対する薬の最終的な影響に焦点を当てています。





ウォルマートの調査報告

米食品医薬品局(FDA)は、2023年6月にノボ・ノルディスク(デンマーク)が開発したGLP-1受容体作動薬、ウゴービを承認しましたが、同じ年の10月には、米国の小売り大手ウォルマートが、食品購入時の顧客の消費行動に影響が出始めており、顧客が買い物の量を減らし、相対的にカロリーの低い食品を買っていると報告しています。同社の観察は極めて予備的なものであることから、ピクテのTABは、一般的な食品小売業への影響は比較的軽微なものに留まる可能性があるとして、肥満症治療薬が消費行動に及ぼす影響についての結論を急がないよう忠告しています。とはいえ、ウゴービの発売後間もない時期に発表されたウォルマートの調査結果は、肥満症治療薬が消費者の意識に広く浸透していることを示唆しています。

消費者が食物摂取量を減らすことの最終的な影響を、投資家が見極めようとしていた矢先に発表されたウォルマートのコメントは、金融市場に衝撃を与えました。塩分の多いスナック菓子メーカーの株価は不安定に推移しました。一部の株式アナリストは、肥満症治療薬の登場が加工食品の売り上げの伸びを2%押し下げると見ていますが、食品セクターの成長が鈍化している兆候もあり、このセクターの企業収益への影響はわずかである可能性があります。一方、例えば、特定の食品成分を製造するような特殊な企業は、より大きな影響を受けるかもしれません。

肥満症治療薬によって、太りやすい食品からの消費者のシフトを促すことが期待されますが、初期の証拠が示唆しているのは、GLP-1受容体作動薬を服用する人が、健康に良くない食品の摂取量を減らすというよりも、全ての食品の摂取量を減らしているということです。今後、減量がより健康的な生活スタイルへのシフトを促すとしたら、そうした状況は変わるかもしれません。減量は、結局のところ、身体を動かす機会を増やすということです。たとえ、歩く距離を延ばすだけのことだとしても、治療を受けている人にとっては、運動することがより簡単になるからです。

肥満症治療薬がヘルスケア業界に及ぼす影響は、相反する作用が働いている可能性があることから、あまり明確ではありません。例えば、整形外科で使われる専門器具の需要が減少しているという個別の報告も見られます。患者の体重が減ると、その分、膝関節にかかる負担が減り、人工膝関節置換手術の需要が減る可能性があるからです。一方、重度の肥満症患者が減量すれば、手術が受けやすくなり、人工膝関節等の機器の需要が増すかもしれません。

同時に、肥満症治療薬が、糖尿病や腎臓疾患、冠状動脈性心疾患などの発症を減らすことで寿命が延びれば、加齢に伴って、その他の治療の必要性が増すことになると思われます。つまり、体重が重すぎるために人工膝関節置換手術が受けられなくても、加齢によって膝関節がすり減れば、後に、その手術が必要になる可能性があるからです。

保険会社や健康保険を提供する公的機関は、GLP-1受容体作動薬の価格や、服用をやめると以前の食習慣と体重に逆戻りする可能性が高いために、いつまでも服用し続けなければならない事実と、その紛れもない効果とを天秤にかけて検討する必要に迫られるでしょう。

確かだと思われるのは、この新薬が生活の質と寿命に劇的な影響を及ぼすだろうということです。そして、高額な費用を巡る議論はあるものの、肥満症治療薬は、現代病に対して重要な治療法になる可能性があります。

 


[1] https://www.who.int/activities/controlling-the-global-obesity-epidemic
[2] https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/type-2-diabetes/expert-answers/byetta/faq-20057955
[3] https://www.diabetes.org.uk/diabetes-the-basics/type-2-reverse
[4] https://newsroom.clevelandclinic.org/2023/11/11/international-clinical-trial-finds-that-semaglutide-reduced-cardiovascular-events-by-20-in-adults-with-overweight-or-obesity-who-dont-have-diabetes/
[5] Kate Ruder, “As Semaglutide’s popularity soars, rare but serious adverse effects are emerging,” JAMA, 15.11.2023.


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