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すべてを電化する方法
2024/11/26

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概要

再生可能エネルギーの専門家であるクリス・グドール(Chris Goodall )氏は、著書「可能性:ネットゼロへの道(Possible: Ways to NetZero)」の中で、エネルギー移行がどのように進展するかについての見方を解説しています。



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風力発電や太陽光発電の急速な伸びと、蓄電池や水素の使用がエネルギー移行を牽引していくものと思われます。いずれも、あらゆるものの電化、とりわけ暖房や交通・輸送での電化を推進する上で不可欠です。

朗報は、エネルギー移行のほぼ80%が、既存の技術で実現可能だということです。一方、難しい課題が数多く残っていることも事実です。

電力需給の一致

もっとも深刻な課題は、風力発電や太陽光発電による電力供給が断続的で予測不可能であるということです。一晩、電気を貯蔵できるバッテリーがあれば事足りる国もありますが、そうではないほとんどの国では、貯蔵の不足分を水素で埋めることが予想されます。余剰電力がある時に電解槽で水を分解し、生成した水素を地下施設に貯蔵しておき、電力が不足した時に発電に使えばよいからです。水素の製造コストが下がって採算が取れるようになれば、水素がエネルギー移行の中核を成すものと思われます。

輸送機関

次に挙げられるのが輸送機関です。自動車、電車、自転車の電化にはすでに馴染みがあり、バスについても同様ですが、他の分野については大きな課題が残っています。

航空機の場合を考えてみましょう。純粋な水素を作る際に使うことの出来る水素とアンモニアは、船舶には使えるとしても、おそらくは航空機には適していないと思われます。従って、航空業界は、合成ジェット燃料を使わなければなりません(この合成燃料において、水素は人工炭化水素の一部として存在しています)。もっとも、合成ジェット燃料は従来型の燃料に比べて遥かにコストが嵩む上に、水素を作るための大量の電力と二酸化炭素の回収を必要とします。さらには、飛行機雲が地球温暖化に及ぼす影響も考慮することが必要です。

船舶に関しては、相対的に安価なアンモニアではなく、取扱いが容易であるという理由から、デュアルフューエル船(二元燃料船)に、メタノールを使う場合が急増しています。しかし、他の企業に先駆けてこの船を造り始めた企業は、有機廃棄物からメタノールを作ることが出来るかもしれませんが、有機廃棄物の枯渇が予想されることから、メタノールの大量生産は大規模な炭素回収に依存せざるを得ないように思われます。

最後に挙げられるのが、大型車両です。長い間、水素燃料電池が動力源になるだろうと考えられてきましたが、蓄電池の性能が向上し、重量の影響が軽減されたことから、メーカーの多くは、電気自動車(EV)がディーゼル車に取って替わることを想定しています。




産業界

産業用に使われる従来型エネルギーは、温室効果ガスの大きな発生源になっていますが、エネルギー移行の進展のペースは、多くの場合、緩慢です。鉄鋼、セメント、プラスチック、衣料、農業、高温・高熱を発生するその他の産業には、これまで以上の努力が求められます。

鉄鋼業界では、一次精錬に際して、石炭の替わりに水素が使われるようにも思われますが、エネルギー移行に必要な資金が鉄鋼業界にあるかどうかは分かりません。オーストラリアやスウェーデン等、電力が安価なために水素の製造コストが安い国に、鉄鋼生産施設を移転することが解決策の一つとして考えられます。

一方、世界のセメント業界は、全く異なる手法を選んでいます。建材メーカーのハイデルベルク(Heidelberg)社は、おもに二酸化炭素の回収と貯留に取り組んでいます。また、セメントの代替素材を使うことで、製造工程で発生する二酸化炭素排出量を減らすことが出来ると考える企業も散見されます。いずれにせよ、炭素税の導入が、炭素集約度が強いセメント業界に極めて大きな影響を及ぼすことを考慮する必要があると考えます。

セラミックス業界や製紙業界は、電力を使って生産に必要な摂氏1,000度の高温を発生させることが出来るかもしれません。このような方法を選んだ企業がある一方で、水素の生産に投資し始めた企業も散見されます。もっとも、製紙よりも製造時に高温を必要とするセラミックス製造においては、水素は燃焼時に発生する熱量が相対的に少ないことから、天然ガスほどは、その生産に適していないかもしれません。また、電力を使用してもセラミックスの製造に必要な高温が得られない可能性もあります。

石油業界は、輸送業界向けの販売量が減少し始めても、石油化学製品に対する需要は衰えないと確信しているようです。現代経済は、使い捨てプラスチックへの依存を強める一方だという経緯があるからです。プラスチックの脱炭素化には、効果的な再処理(ケミカル・リサイクリング2)、1万種類に及ぶプラスチックの大幅な削減、耐久性の向上、効果的な回収システムの組み合わせが必要とされます。

衣料品は、ほとんどリサイクルされず、製造される衣服の量は増え続けています。2015年までの15年間で、1着の衣服が処分されるまでに着用された回数は、世界全体で2割ほど減っています。衣料品は炭素集約型であることが多いため、衣料品業界は、麻などのカーボンフットプリント3が比較的に少ない素材に切り替え、耐久性に優れたリサイクル可能な衣服を作る必要があります。こうした状況が示唆しているのは、脱炭素化がこれまで以上に注目され社会の優先課題になる場合には、衣料品業界は縮小する可能性があるということです。

農業が排出する二酸化炭素は、計算の仕方によっては、二酸化炭素排出量全体の4分の1を占めています。また、その大半を排出する畜産業は、直接的あるいは間接的に、森林破壊も引き起こしています。安価で消費者の好みにあう、二酸化炭素削減に効果的な低炭素の代替肉の開発が期待されます。



インフラの構築および整備

世界の電力網は、さまざまな産業で電化を進めるために必要となる供給量の拡大や、電力の供給地や消費地の変化に対応することは容易ではありません。こうしたことが十分に認識されているにもかかわらず、政府、規制当局、電力会社のいずれもが、容量の拡大が必要とされる時に備えて電力網を構築し、整備する仕組みを開発することに消極的です。

鉱物資源の不足

エネルギー移行に必要な金属が確保出来るかどうかを巡って、世界は数ヵ月ごとに、パニックともいえそうな混乱状態に陥っています。例えば、2023年にはリチウム不足が懸念されました。PEM(Proton Exchange Membrane:固体高分子膜)電解槽用のイリジウムを除けば、おそらく世界の供給能力は適度な水準にあり、資源の安定確保は可能なように思われます。しかし、エネルギー移行に不可欠な金属に対する需要が拡大すれば、少なくとも過去の化石燃料価格の大幅な変動に匹敵するほどの金属価格の高騰と暴落のサイクルが形成されると考えます。

換言すると、エネルギー移行はGDP(国内総生産)に占める二酸化炭素削減のための投資を、大幅に増やすことが求められるということです。追加投資がどのくらい必要で、財源はどこにあるのか、特に、中低所得国が必要な資金をどのように調達出来るかが注目されます。

有権者の支持

世界中で、脱炭素化は一般的に豊かでない人々にとっては費用がかかるものと見なされています。そのため、右派政党の党首の多くが、脱炭素化を加速させることに反対しています。米国のトランプ次期大統領は、バイデン政権下で成立し、大規模な二酸化炭素削減措置を盛り込んだインフレ抑制法( Inflation Reduction Act:IRA)の撤回を公約に掲げています。また、フランスの極右政党や、オーストラリアやアルゼンチンなど、さまざまな国の指導者たちも同様の意向を示しています。ネットゼロに向けた取り組みが政治家に阻止されるリスクは軽視出来ません。

二酸化炭素の回収および貯留

世界は、大量の炭素回収・貯留容量を必要としています。化石燃料による発電設備の多くは、操業を停止することが予想されますが、セメントやその他の産業は、おそらくは二酸化炭素を排出し続けるでしょう。農業の完全な脱炭素化も困難です。作業工程から、あるいは直接大気中から、ギガトン級の二酸化炭素をどのように回収し、貯留するかが問われています。

また、空気中から回収した二酸化炭素を土壌に戻す方法も課題です。環境再生型農業(リジェネラティブ農業4や玄武岩の微粒子を地表に散布する、あるいは、バイオ炭を土壌に加える技術等、開発された技術は多岐にわたります。これら全てが役に立つかもしれませんが、どれがもっとも効果的で安価なのか、あるいは、農業にどの程度の影響を及ぼすか等については未だ明らかになっていません。

脱炭素化に向けた取り組みには、総じて、大きな進展がみられますが、道のりの最後の20%は課題満載です。


 

[1]重油に環境負荷の低い燃料を混ぜて動力源とする船
[2]プラスチック等の使用済み資源を化学的に分解・処理し、他の化学物質に転換する再利用の手法。
[3]製品やサービスの原材料調達から使用、廃棄、リサイクルに至るまでの過程を通して排出される温室効果ガス排出量を、温室効果をもとに二酸化炭素排出量に換算した数値。
[4]土壌の有機物を再構築し、劣化した土壌の生物多様性を回復させることで気候変動を抑制する効果があると考えられている農法。

投資のためのインサイト

ジェニファー・ボスカルダン・チン(Jennifer Boscardin-Ching)、ピクテ・テーマ株式運用チーム、シニア・クライアント・ポートフォリオ・マネージャー


ピクテは、クリーン・エネルギーへの移行が、電力企業に留まらず、運輸・交通、製造、建設、情報技術(IT)、エネルギー・インフラ等、幅広い企業に関連する、複雑で長期的なプロセスになると考えます。このことは、バリューチェーン全体に投資の機会があることを示唆しています。実際に、クリーン・エネルギー関連への年間投資額は、2030年までに、現在の約3倍に相当する4兆米ドルを上回るものと予想されます。


再生可能エネルギーは、すでに世界のほとんどの地域で、もっとも安価な電力源となっています。国際エネルギー機関(IEA)は、風力発電と太陽光発電が世界の電力総生産に占める比率が、2021年の10%程度から2050年には70%程度に達するものと予測しています。もっとも、断続性という課題を抱える再生可能エネルギーの大規模な導入は、負荷管理の再考や、特にEV(電気自動車)や家庭用暖房などにおいて、発電と他の部門との相互依存関係を最適化する必要があり、難しい課題です。


公益企業にとっての課題には、家庭や広範な電力網レベルでのインフラ設備、さらには電力網の管理と機動性を向上させるためにデジタル化や接続性のレベルを高めることです。これにより、ソフトウェア・アプリケーション、半導体、電力管理コンポーネント等、ハードウェアとソフトウェアの双方の分野でビジネス・チャンスを生み出すものと考えます。



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