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- ジェットゼロ(Jet zero)を目指して
持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel:SAF)は、従来以上に環境に配慮した飛行を可能にすると同時に、食品業界など他の業界が排出する廃棄物を減らす可能性があると考えられています。
航空業界が二酸化炭素排出量を削減するための解決策を探る中、再生食用油や動物性脂肪などを原料とする意外な解決策の開発が進んでいます。使用後の食用油を再生利用した「台所の副産物」は、従来以上に環境に配慮した飛行を可能にする革新的な選択肢であることが証明されつつあります。
現在、航空業界が排出する二酸化炭素は世界全体の約2%を占めています1。航空需要は21世紀半ばまで増加基調が続くと見込まれており、対策を講じなければ排出量が急増する可能性があります。航空業界は対応策として、2050年までに「ネットゼロ」(温室効果ガスの排出量と吸収量を差し引きで実質的にゼロにすること)を達成するという目標を掲げています。
それは簡単な目標ではありません。解決策の一つとして考えられている持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel :SAF)は、化石資源の代わりに動植物を原料として作られる、バイオ燃料の一種です。バイオ燃料は、その原料が食用作物や資源利用と競合せず、さらに広範に考えると、森林破壊、土壌生産性の低下、生物多様性の喪失などの環境危機を引き起こさない場合に持続可能であるとみなされます。
非営利の調査機関「国際クリーン交通委員会(International Council on Clean Transportation:ICCT)」の調査員、ジェーン・オマリー(Jane O’Malley)氏は、「SAFの開発にあたっては、化石燃料以上に環境に負荷をかけるものに投資していないかどうかを確かめることが必要です」と話しています。
こうした危険を回避するSAFの原料には、脂肪廃棄物、液体油脂、固形の都市廃棄物、農業や林業の廃棄物が含まれます。SAFの製造過程では、原料の輸送や燃料の精製に必要なエネルギーにより、追加的な二酸化炭素が排出されますが、ライフサイクル全体で見れば、飛行時の二酸化炭素排出量が約80%削減される可能性があり、航空業界の「ネットゼロ」目標達成に向けた取り組みを大きく前進させるものと見られています2。
電動航空機や水素発電などの化石燃料の代替エネルギーを活用する案も、従来以上に環境に配慮する航空業界で役割を果たす可能性がありますが、短期的には既存のインフラとの関係で実現の可能性は高くありません。技術的および経済的な理由から、電動航空機の商用フライトが実現するのは2030年以降になるかもしれません。また、実現した場合でも、電池のエネルギー容量が相対的に少なく航続距離が大幅に制限されるため、短距離フライトに限って使われる公算が大きいと考えます。水素燃料の場合も航続距離が課題となりますが、これは長距離フライトに必要な水素を液体で搭載するのが難しいためです。
一方、SAFが航空燃料の当座の代替燃料となり得るのは、既存の航空エンジンや燃料インフラとの互換性があるからです。
米国に本社を置くSAF企業、アルダー・リニューアブルズ(Alder Renewables)の最高技術責任者(CTO)、デレク・バードン(Derek Vardon)氏によれば、「私たちには、既存のインフラや原材料を活用できる技術、特に環境に負荷をかけない技術が必要です」。
また、同社の最高経営責任者(CEO)、ティム・オビッツ(Tim Obitts)氏も「飛行場に二つの異なるインフラを構築することはできませんから、完璧な解決策が必要です」と述べています。
アルダー・リニューアブルズ社は、従来型の石油精製所で処理できるSAFを開発することで課題を解決しようとしており、オビッツ氏は、「精製事業が市場参入を果たすことができれば、確実に採算が取れるSAF生産が軌道に乗るはずです」と述べています。
製造方法
さまざまなSAFの製造方法がありますが、現在、大規模生産に使われているのは「水素化処理エステル・脂肪酸(Hydrotreated Esters and Fatty Acids:HEFA)」だけです。HEFAは、脂肪、液体油脂、獣脂などを精製して燃料に転換する方法で、全ての方法の中で最も高い転換率(90%)を誇ります。フィンランドの企業ネステ(Neste)は、使用後に再生利用した食用油や動物性脂肪廃棄物から燃料を製造しており、これを世界各地の飛行場に供給しています。英国のエアBP(AirBP)も、同様の方法でのSAF生産を模索しています。
オマリー氏によれば、「液体油脂を原料とするバイオ燃料は、化石燃料から抽出される炭化水素によく似ているため、基本的に既存の精製施設を使って製造することが可能であり、すでに施設の改修に取り組んでいる企業もあります」。
脂肪、液体油脂、獣脂などは、供給量が限られているため、さまざまな技術が必要になりますがその一つがアルコールを原料とする燃料製造技術「Alcohol to Jet(ATJ)」です。ATJは、サトウキビ、てんさい、乾燥植物、トウモロコシの粒など、糖分やでんぷん質の多いバイオマスをエタノールなどのアルコールに転換した後、そのアルコールから燃料を製造する技術です。また、「フィッシャー・トロプシュ(Fischer Tropsch:FT)」は、固形の都市廃棄物、石炭、灰、おがくず等の炭素資源を燃料に転換する技術です。アルダー・リニューアブルズ社は、農業廃棄物、木くず、八畳薄(ミスカンサス、丈の高い観賞用植物)などの非食用作物をSAFの原料とする技術の開発を模索しています。
規模の拡大か、あるいは失敗か
SAFは製造後、通常の航空燃料と混合する必要があります。民間航空機の場合、混合比率は最大50%と定められていますが、2030年には航空会社がSAF100%の燃料を使用できるようになることが期待されています。ヴァージン・アトランティック航空は、2023年11月、特別許可を得て、一般乗客を乗せずにロンドンのヒースロー空港からニューヨークのJFK空港まで、史上初のSAF100%飛行を実現しました。使用したのは、脂肪廃棄物を原料とするHEFAを88%、植物性糖類を原料とする合成ケロシンを12%の比率で混合した燃料です。
2023年のSAFの生産量は、前年比3倍の6億リットル3に達したものの、航空燃料全体に占める比率はわずか0.2%に過ぎず、国際エネルギー機関(IEA)が、持続可能な開発シナリオにおいて2040年目標として掲げる19%には遠く及びません4。
主な障害は、技術革新と製造方法に起因するコスト高で、従来型のジェット燃料に匹敵するコスト優位性を持つ燃料は未だ開発されていません。しかし、SAFへの転換に伴うコストを軽減するための取り組みもなされています。例えば、EU排出量取引制度(EU Emissions Trading Scheme:EU-ETS)の2024年の改定では、航空会社がこの制度へ支払った資金を、従来型の燃料からSAFへの転換を進めようとする航空会社のために、SAF排出枠として市場に再投資することが決められています。この排出枠は従来型燃料とSAFのコストの差額を最大95%カバーするものです。一方、米国議会はSAFの生産拡大を目指し、税額控除や助成金を通じてSAFの使用を促すために「持続可能な空の法律(Sustainable Skies Act)」の制定を提案しています。SAFはアジアでも大きな注目を集めており、中国は100万メガトン以上のSAF用の使用済み食用油を輸出しており、特にマレーシアとシンガポール向けには大量の輸出が行われています。インドネシアでは、使用済み食用油の国内処理を検討しています。
従来のジェット燃料よりもエネルギー密度が低いこともSAFの課題です。現行の技術では、ジェット燃料と同量のSAFを搭載した航空機は、電気航空機よりは長距離を飛べても、ジェット機と同じ距離を飛ぶことはできません。
さらに、世界140ヵ国の技術者および産業界の専門家をメンバーとする自主運営組織、米国試験材料協会(American Society for Testing and Materials、ASTM)が策定する新しい航空技術の認可に必要なプロセスも課題です。オビッツ氏によれば、「ASTMを通じて燃料の認可を得るには、数年間に及ぶ長い年月と巨額の資金を要するため、中小企業は迅速な対応が困難です。航空会社は、強制されない限り、これ以上の認可料を払いたくないと現時点では考えているようですが、精製業界の事業慣行も極めて保守的であるため、新しい技術を開発し軌道に乗せようとする時には、旧約聖書のダビデとゴリアテの逸話のように、小さな者が大きな者を倒す必要があるのです。」
SAFは、結局のところ、航空業界の脱炭素化に向けた解決策の一つに過ぎませんが、命運を左右することになるかもしれません。オマリー氏によれば、「ネットゼロへの道は、さまざまな原料が組み合わされてできている」からです。
投資のためのインサイト
スティーブン・フリードマン(Stephen Freedman)
ピクテ・アセット・マネジメント
テーマ株式運用チーム リサーチ・アンド・サスティナビリティ ヘッド
是正措置を講じない限り、航空業界の二酸化炭素排出量が世界全体に占める割合は、2050年までに現在の10倍以上の20%に達するとの試算がなされています。ネットゼロを達成するには、抜本的な転換が鍵となります。航空業界は持続可能性を高めることに配慮しており、課題の解決策に対する需要の力強い伸びが予想されます。
これには、持続可能な航空燃料(SAF)の開発(廃棄物に限らず、グリーン水素など他の選択肢も含む)、エネルギー効率の改善(推進モーターの使用など)、インフラ整備(充電スタンド、配電網、蓄電、持続可能燃料のための輸送網など)が含まれます。こうした状況は、バイオ燃料に投資する石油会社など、エネルギー転換を進める企業への投資の機会を提供します。これは、持続可能な未来への移行を支援する可能性のある企業への投資機会を探る、「ポジティブ・チェンジ」戦略が追求するテーマの一つです。
農業廃棄物や食品廃棄物を原料とする持続可能な航空燃料(SAF)の開発も、持続可能性に対する食品業界の評価を高める可能性があるように思われます。廃棄物削減の機運は規制によって支えられており、例えば欧州連合(EU)は、食料安全保障の強化と食料廃棄物から発生する排出物の削減を図って、2030年までに一人当たり食品廃棄物を半減する目標を掲げています。食品廃棄物を陸上や航空輸送のための持続可能燃料に転換する可能性は、興味深い長期投資の機会を提供するものであり、「ニュートリション」戦略が注視するテーマの一つです。
1. 2022年データ。 https://www.iea.org/energy-system/transport/aviation
2. https://www.manchester.ac.uk/discover/news/using-sustainable-aviation-fuels-could-reduce-emissions-by-up-to-80-scientists-find/
3. https://www.iata.org/en/iata-repository/pressroom/fact-sheets/fact-sheet---alternative-fuels/
4. https://www.iea.org/commentaries/are-aviation-biofuels-ready-for-take-off
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