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- 人工知能(AI)の真の可能性
米国、アジア、欧州の有力なテクノロジー業界への投資家との一連の面談を踏まえて、人工知能(AI)とソフトウェア企業全般の先行きを考察します。
■概要
・テクノロジー分野に特化した投資家とテクノロジー企業は、2020年から2021年にかけての市場の過熱と2022年の低迷を経験し、規律ある投資についての教訓を学んでいます。
・このように異なる市場環境の中でも、特にソフトウェアは企業の生産性向上に寄与できるため、引き続き強靭さを示し、さらなる力強い成長軌道を描いています。
・AIは、新たな効率性を見出し、新しい技術の先駆者、供給者あるいは利用者である企業が魅力的な投資機会を創出する起爆剤となる可能性を秘めています。
・もっとも、このようなパラダイムシフトの最終的な勝者が、ごく短期間のうちに明らかになることはほとんどありません。従って、投資にはある程度の分散が必要です。
オープンAIとシャットAI (開かれたAIと閉ざされたAI)
「変化が多いほど、本質は変わらない」とはいえ、一年のうちには多くのことが起こり得ます。米国のオープンAI(Open AI)は2022年11月に同社が開発した最初の一般向け大規模言語モデル、チャットGPT(Chat GPT)を発表し、近い将来、AIが実現し得る可能性について業界の関心を集めました。ところが、同社の取締役会は、1年後の2023年11月、共同創業者であり最高経営責任者(CEO)を務めていたサム・アルトマン(Sam Altman)氏の解任を公表し、数日後には、同氏の復帰を認めました。
メディアの報道によると、アルトマン氏が一時的に解任された理由は、非営利団体として発足したオープンAIが技術の商業化を急ぎ過ぎたことに対する、当時の取締役会の不快感だったということです。実際に、同社の運営契約書は、「オープンAIへの投資は、寄付の精神で行うことが賢明だと思われる」と投資家へ明確に警告しています。
とはいえ、このことは、オープンAIやAIというテーマ全般に対する投資家の意欲を削ぐものでなかったことは明らかです。過去1年を通じてのAIに対する金融市場の熱狂は様々な形で表われていますが、最も明確で議論の余地がないのは、AIの大量導入に不可欠なプロセッサーチップの供給を一手に担うエヌビディア(NVIDIA)の売上が急増していることです(図表1)。すでに大規模な事業を展開する企業の売上が急増することは極めて珍しい現象です。図表の縦軸の単位は、100万米ドルではなく、10億米ドルです。
これらは売上予想ではなく実際の売上高であり、AIの主要な実現技術への投資を表していることには注意が必要です。こうした状況が浮き彫りにしているのは、AIに対する楽観的な見方だけではなく、その将来性を期待した経済全体への大規模な資本配分です。エヌビディアの画像処理半導体(GPU)は、AIのエコシステムのごく一部であり、図表は上場企業一社の売上高を示しているに過ぎません。未公開市場には、遥かに広い分野に多くの投資の機会があるはずです。
市場の熱狂は正当化できるでしょうか?
仮説
米国、アジア、欧州の有力なテクノロジー投資家との面談から判明したのは、AIに対する熱狂の度合いが高い場合から極めて高い場合まで様々であるということです。
AIを独自の特性を持つカテゴリーとみなして資金や資産をつぎ込む投資家がいる一方で、AIがエンタープライズ系ソフトウェア、サイバーセキュリティ、フィンテック等のテクノロジーから、消費者対応アプリケーションやサービス、更には病気の診断や発見、患者の支援サービス等、医療に至る、様々な分野の成長の起爆剤になるとみなす投資家も散見されます。
投資家の多くは、チャットGPTが登場する遥かに前から積極的なテクノロジー投資を行ってきましたが、最近になって更に関心を強めるきっかけになったのは、過去に例のないスピードで、新しいアプリケーションが開発されていることです。モバイル機器接続とクラウド技術がアプリケーション経済の発展を加速させる前からインターネットが広く知られていたように、AIは重要な存在から不可欠な存在へ、あるいは利用可能な存在から普遍的な存在へと、インターネットと同様の転換を果たそうとしているのかもしれません。
「AIは、重要な存在から不可欠な存在へ、あるいは利用可能な存在から普遍的な存在へと、インターネットと同様の転換を果たそうとしているのかもしれません。」
- ピクテ・オルタナティブ・アドバイザーズ、プライベート・エクイティ部門プリンシパル・テーマティックス、スタニスラス・シャナヴァット(Stanislas Chanavat)
こうした状況を加速させた画期的な発明の一つが、人間の言語を理解する大規模言語モデル(LLM)です。LLMは、チャットボットの例から明らかな通り、直感的な使用を可能にし、一般人の意識への浸透を助けています。恐らく、今後、短・中期的に見て、経済的に重要なのは、LLMがプログラムやスクリプトを書く、コーディングにも活用できるということです。LLMは、多くの産業に極めて強力で費用対効果の高い新しいツールを提供し、労働力を代替するというよりは、生産性の向上を可能にします。なぜなら、AIの導入と実際の事業への応用は一朝一夕には実現しないからです。AIが人間の仕事をより完全に引き継ぐことが出来るようになるまでには、鉄道からインターネットに至る、歴史上で社会を大きく変えたあらゆる変革的技術の場合と同様に、よりよい仕事が新たに創出されるものと思われます。
未来への回帰
では、AIを単なるテクノロジーとしてではなく、投資好機として確信できる理由は何でしょうか?
有力な投資家から聞いた答えの一つは、AI業界がここ数年の経験から教訓を学んでいるということです。また、最も重要なことの一つは、流行りのトレンドを追いかけることではなく、厳格な精査が重要だということ、また、そのようなトレンドから極端な推測をすべきではないということです。
投資家とテクノロジー企業の双方が、教訓を実践に移しています。キャッシュバーン・レート(資金燃焼率:1ヵ月あたりの企業運営コスト)は大幅に低下しつつあり、キャッシュランウェイ(資金不足に至るまでの期間)が重視されています。例えば、米国のテクノロジー業界全体の雇用水準はこのことを明確に示しています。スタートアップから大手に至る様々な企業が、業界を取り巻く新しい環境を受け入れて人件費を抑え、2022年年初以降、40万以上のポジションを削減しています(図表2)。
2022年後半から2023年初めの時期にかけて、一時解雇のペースが大幅に落ちていることも確認されますが、採用は再開されつつあるものの、同じ職務の給与はピーク時に比べて20%から50%下回っているようです。このような合理化策が功を奏し、テクノロジー業界は、収益改善への道を確実に歩んでいます。
こうした規律が業界に定着する一方で、サービス需要は引き続き旺盛です。導入が一巡しつつあるビデオ会議のような分野は需要の伸びが鈍化する一方で、クラウド移行やサイバーセキュリティ、エンタープライズ・ソフトウェアなどの分野では、需要が急増しています(図表3)。
需要の急増には、確固たる理由があります。エンタープライズ・ソフトウェアは生産性の改善を助けることから、ビジネスに不可欠な存在になっており、企業ユーザーへのサービスの質の向上やコストとリスクの最小化に寄与していることから資本利益率(ROI)の高い、必須の投資対象となっているのです。
図表3では、技術関連支出の規模を理解しやすくするために、参照指標として、世界最大手のテクノロジー企業数社の2022年総売上高も併せて表示しています。エンタープライズ・ソフトウェア事業は、すでに、1兆米ドル単位の規模のビジネスに匹敵する収益力を有しており、小売業やソフトウェア製造業よりも、総じて利益率が高いことが注目されます。
さらに、AIがこれらすべてを凌駕するとの見方もあります。AIの使用例が少しずつでも増えれば、今後数年間で、驚異的な成長を遂げる可能性があり得るからです(図表4、図表5)。
経済的便益が予想されるため、AIの普及は極めて魅力的です。5,000人の従業員1を擁する企業が生成AIを導入し、顧客対応に要する時間を9%削減した例を報告した学術論文も発表されています。また、コンサルティング最大手のマッキンゼーは、医薬品および医療機器業界の場合を例に挙げ、資源集約的な新薬開発の工程を短縮することで、年間600~1,100億米ドル規模の利益が見込まれることを示唆しています2。
同社は、生成AIとその他のすべての技術を組み合わせれば、世界の生産性を年率0.2~3.3パーセンテージ・ポイントの範囲で押し上げ、世界経済を年間2.2~4.4兆米ドル相当拡大できる可能性があると論じています。
興味深い発見は、AIの価格設定方式です。ソフトウェア・アズ・ア・サービス(SaaS:サース)は、原則的に、毎月定期的にサブスクリプション料金を請求するのに対し、AIベースのアプリケーション、いわゆる「インテリジェンスとしてのサービス」は使用量に応じて料金を請求することが多くなっています。これはコンテンツ生成のコスト(すなわち計算能力)が高く、出力の価値や量に直接関連し得るからです。
利用ベースの課金が、新規ユーザーにとってAI導入のきっかけとなり、利用者が増える可能性も考えられます。恩恵を享受する前に、月額サブスクリプションの高額な初期費用を課され、利用を思いとどまるのではなく、最初は個別の案件で試した後、機会があるごとに利用を増やしていくことが可能になるからです。実際に多くの企業が両者を併用する「ハイブリッド・モデル」を採用しています。サブスクリプションは安定した収益の見通しを提供し、顧客の利用が増えるにつれて拡張できる利用ベースの価格設定によって補完されています。
ベンチャーキャピタル(VC)は、何を見ているか
経験から学んだ教訓と、衰えることのないテクノロジーの可能性をポートフォリオに組み込むことが投資家にとっての次の課題です。
我々が話を聞いた投資家は皆、2020年から2021年にかけての局面で間違いがあったということで意見が一致したものの、下した結論は同じではありません。大きな機会であるAIへの投資に多くのエネルギーを注ぎ、過去の案件にはほとんど注力せず、新しい環境下で展開する大きな資金を有する投資家もいます。一方で、投資先の企業が「コストを度外視した成長」から「効率性」へ移行する過程を積極的にモニタリング、管理、支援する投資家もいます。
伝統的な金融理論が優先され、企業は最終的には利益を計上しなければならないことは明らかです。特別買収目的会社(SPAC)の新規株式公開(IPO)のように、規制の緩い手段を使って上場した企業は、投資家から厳しい評価を受けています。
資金調達コストが上昇し、「成長する必要性」から「生き残る必要性」へと移行を進める中で、企業や創業者は、効率的な成長を重視する選択を迫られています。幸いにも、後者のカテゴリーに属する投資家の支援を得た企業は、順調に移行を進めており、資金が燃焼する状況を脱して、利息・税金・減価償却前利益(EBITDA)ベースで50%を上回る高収益体制を実現し、モデルの強靭性を証明しています。こうした転換は極めて短期間のうちに起こり得ることであり、実際に起こっているのですが、勝者に共通しているのは、有力な投資家の強力な支援を得ていることだと思われます。
こうした収益性の改善を受けて、我々が面談した運用会社の多くは、既存のポートフォリオから分配金を出すことに注力しています。マイクロプロセッサー設計のアーム(ARM)、食品宅配のインスタカート(Instacart)、掲示板型ソーシャル・ニュースサイトのレディット(Reddit)、クラウドデータ管理およびデータ・セキュリティのルーブリック(Rubrik)等のように注目を集める上場はあるにせよ、IPO市場はほぼ閉ざされているため、成長段階の企業を買収するベンチャー・バイアウトや、投資家が保有している金融資産を他の投資家に売却するセカンダリー・セールスによって、分配金の原資を捻出しています。
「新規に投資を始めるには、投資家に利益を還元したという実績を示さなければならないことを、運用会社は熟知しています。」
- ピクテ・オルタナティブ・アドバイザーズ、プライベート・エクイティ部門プリンシパル・テーマティックス、スタニスラス・シャナヴァット(Stanislas Chanavat)
新規に投資を始めるには、投資家に利益を還元したという実績を示さなければならないことを、運用会社は熟知しています。従って、ポートフォリオ資産の現金化に専念するチームや、既存案件への追加出資を独立した視点で評価する再投資チームを設置しています。これは、ディールパートナーが合理性に反してでも追加資本を投入して、愛着のある企業を支援しようとするリスクを軽減するのに役立ちます。
PE市場では、企業の存続期間を延ばす手法として、前回の資金調達時と同じ評価額で新たな資金を調達するフラット・ラウンドの例や株式転換の仕組みを組み込んだ例も散見されますが、私たちが面談した投資家は、こうした環境下で追加出資に際して、極めて厳格でした。
こうした状況は、企業の成長ステージでの分散を徹底したポートフォリオを構築することの重要性も示唆しています。ここ数年では、創業期(アーリーステージ)のベンチャー・キャピタル、ベンチャー企業のバイアウト、テイク・プライベート(上場企業の非公開化)が最も好調だったのに対して、プレIPO(上場前企業の株式取得)や成長ステージ後期の企業への投資は、総じて低調でした。
今後の見通し
以上から示唆されるのは、テクノロジーが経済の生産性向上に貢献し続けており、優れた運用会社もうまく適応していることから、より健全な環境に着地したと考えられます。今後については、米国、アジア、欧州での一連の面談を踏まえて以下のポイントが役立つと考えます。
・企業のソフトウェア関連支出は拡大基調を辿っており、成功を収めている企業は事業規模を拡大し続けていますが、バリュエーション水準は2021年のピーク時から、40~50%ほど低下した場合も見られます。
・投資案件数は正常な水準に戻っており、待機資金が積み上がっています。こうした資金は魅力的なバリュエーションで投資されることとなり、一時的な参入者が各々のコア戦略に回帰したため、競争が緩和されると考えます。
・新しい環境に対応する運用会社の能力は極めて重要です。困難な市場環境においては、資金調達を先導し企業のガバナンスに影響力を及ぼすことのできる、ハンズオン・インベスター(企業運営に深く関与する投資家)を重視する戦略が不可欠です。
・AIは開発の初期段階にあり、経済を構成するあらゆる分野で活用される基盤技術となる可能性が高いと思われる一方で、過大評価されがちな初期の波に資金を投じる際には、慎重さが求められます。私たちは、信頼できるテクノロジーと防衛的なビジネス・モデルに注目しています。
結論
技術基盤が激変する環境では、最終的な勝者が初期の段階で決まるわけではありません。携帯電話のノキアやブラックベリー、ポータルサイトのヤフーやライコス、ソーシャルメディアのマイスペースやフレンドスター等のことを考えてみて下さい。これらは分散投資の重要性を示唆しています。
一方、2020年から2021年の過熱ぶりから買い手市場に転じたことで、分散投資が進んでいます。優秀な運用会社は、綿密なデューデリージェンスを行い、有利な条件を交渉したうえで、堅実な事業の基盤を備えた企業に、極めて魅力的なバリュエーション水準で投資できるようになりました。
オープンAIは、同社の非営利団体としての法的体系について、「非営利団体の主な受益者は人類であり、オープンAIの投資家ではない」と主張しています。そうかもしれませんが、AIやテクノロジー・セクターの投資家は、投資成果を期待して当然だと考えます。テクノロジー業界の利益重視への回帰と、最先端のテクノロジーに対する長期的な追い風が、今後に期待を持たせてくれます。
[1] “Generative AI at Work”, Brynjolfsson, Erik and Li, Danielle and Raymond, Lindsey R, National Bureau of Economic Research, Working Paper 31161, April 2023
[2] “The economic potential of generative AI: The next productivity frontier”, McKinsey, June 2023
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