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9月FOMCで米国株が急落した理由
田中 純平
2023/09/22

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概要

FRBは9月19~20日に開催したFOMCで大方の予想通り政策金利の据え置きを決定したが、①FOMC参加メンバーの政策金利見通しと、②パウエルFRB議長の記者会見の内容などが株式市場にとってサプライズとなり、S&P500指数は前日比0.94%安となった。当レポートでは、この2つのサプライズについて解説するとともに、今後のリスク要因となりうる「米労働組合の賃上げ」についても分析を行う。



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市場は金融引き締め期間の長期化を警戒

FRB(米連邦準備制度理事会)は9月19~20日に開催したFOMC(米連邦公開市場委員会)で政策金利の据え置きを決定した。据え置きは大方の予想通りだったが、20日の米10年国債利回りは4.40%を超え、S&P500指数は前日比0.94%安となった(図表1)。株式市場にとってサプライズとなったのは主に①FOMC参加メンバーの政策金利見通しと、②パウエルFRB議長の記者会見の内容だ。

①に関しては、政策金利の見通し(中央値)が24年末で5.1%、25年末で3.9%となり、前回6月時点の見通しからそれぞれ0.5%ポイントも引き上げられたことが株式市場で嫌気された(図表2)。さらに、景気を熱しも冷やしもしない中立金利(長期の政策金利見通し)も、3%以上を予想するFOMC参加メンバーが前回の3人から5人へ増えた(中央値は前回と変わらず2.5%)ことから、マーケットは政策金利が長期間にわたって比較的高い水準で推移する(Higher for Longer)リスクを警戒したと考えられる。

②に関しては、パウエルFRB議長が米国経済の先行きについてソフトランディング(軟着陸)は可能としながらも、基本シナリオとするのを避けたことが株式市場で嫌気された。また、UAW(全米自動車労組)のストライキや原油高、政府閉鎖の可能性など、いくつかの外部要因による不確実性について言及したことも、マーケットの不安感を煽った可能性がある。この中で特に注意が必要なのはUAWのストライキだろう。

全米自動車労働組合の労使交渉による影響は?

UAWは米ゼネラル・モーターズやフォード・モーターなど米自動車大手(ビッグ3)との労使交渉の停滞を受け、9月15日からストライキに入っている。UAWは4年間で40%の賃上げや週40時間から32時間への労働時間短縮などを求めている。最終的な落としどころは不透明だが、賃上げ圧力が根強いことは確かだろう。

米民間雇用コスト指数を製造業/サービス業別や組合/非組合別で見ると、特に製造業に従事する組合員の報酬が劣後していることが分かる(図表3)。UAWの労使交渉を受けて、他の労働組合でも賃上げ気運が高まってもおかしくない状況だ。

一方、米民間企業における労働組合加入率は年々低下傾向にあり、22年は6.0%程度となっている(図表4)。一見すると組合員の賃上げによるマクロ経済全体への影響は限定的だが、米財務省が23年8月に発表した分析「Labor Unions and the U.S. Economy」では、労働組合の賃上げが非労働組合にも波及するスピルオーバー効果について指摘されている。UAWによる労使交渉が米国全体の賃上げ圧力につながり、ひいてはFRBの金融政策にも影響を及ぼす可能性がある。

さらに警戒が必要なのは労働組合員の総報酬額だ。労働組合員の福利厚生等は比較的手厚くなっているため、総報酬額は非労働組合員よりも4割程度高い(図表5)。このため、労働組合員の総報酬額が引き上げられると、企業側の雇用負担は実額ベースでさらに重くなる。労働組合を抱える米国企業にとって、雇用コストの増加は業績の下振れリスクにつながりやすい。

バーナンキ元FRB議長は今年5月に発表した論文「What Caused the U.S. Pandemic-Era Inflation?」で、米国の物価について「労働市場の逼迫による影響が累積し始めた」と警鐘を鳴らしている。アフターコロナで目の当たりにした供給不足や需要過多による物価上昇が足元で落ち着きを示す中、バーナンキ氏は労働市場の需給(逼迫)が今後中銀当局者とって主要な懸念材料になると主張しており、注目に値するだろう。FRBがいま最も警戒すべきは、1970年代に起こった「賃金・物価スパイラル」の再来かもしれない。


田中 純平
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系運用会社に入社後、14年間一貫して外国株式の運用・調査に携わる。主に先進国株式を対象としたファンドのアクティブ・ファンドマネージャーとして運用に従事。北米株式部門でリッパー・ファンド・アワードの受賞経験を誇る。アメリカ現地法人駐在時は中南米株式ファンドを担当、新興国株式にも精通する。ピクテ入社後はストラテジストとして主に世界株式市場をカバー。レポートや動画、セミナーやメディアを通じて投資戦略等の情報発信を行う。ピクテのハウス・ビューを策定するピクテ・ストラテジー・ユニット(PSU)の参加メンバー。2019年より日経CNBCに出演中。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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