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危機は去ったのか?今後のショックの可能性と条件
大槻 奈那
2024/09/02

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概要

先月の暴落から市場は回復を遂げた。しかし、米株価はGDPの傾向線から乖離しており、経済の一部に脆弱性もみられるため、再下落の可能性は排除できない。1900年以降の市場ショック後の回復速度は、下落幅より、金融や財政への波及次第となっている。現時点では、波及リスクは低いことから、株価が再度下落しても、かつてのような低迷の長期化は考えにくい。次のショックを好機とできるよう、常にリスク分散を図りつつ、下落時にリスクテイクできる余力を蓄えておきたい。



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■ 8月初頭のショックは単発で済むのか

8月初頭の株価暴落は衝撃的だった。東証株価指数が1日に10%を超える下落を記録したのは、戦後1949年5月に株式市場が再開して以来、今回を含む4日だけだ(図表1)。

3%を超える下落が発生したショックの殆どで、その後も3%越えの下落が余震のように発生している。一度暴落を経験した市場は、ネガティブなニュースに敏感になることが一因と考えられる。


では、今回の暴落は単発で済むのだろうか。鍵を握るのは米国株である。後述する過去1世紀余りの市場ショックを振り返ると、米国市場の動揺が世界規模かつ長期に亘るショックを引き起こす必要十分条件となっている。

ところが、その米国株は、GDPの長期トレンドからの乖離が拡大しつつある(図表2)。過去の市場ショックは、株価がGDPのトレンドを上回っている時か、ブラックマンデーのようにGDPの成長速度を上回る株価上昇が続いた時に発生している。現在の株価はその両方の特性を備えている。

また、失業率の上昇も明確になりつつある。いわゆるサームルール(失業率の過去3カ月平均値が、過去12カ月の最低値を0.5ポイント上回ると景気後退期の確率が上昇するという経験則)指数を見ると、7月にコロナ禍以来となる景気後退シグナルが点灯した。景気後退期が発生すれば株価下落は避けられない。これらの点から、再度の株価下落の可能性は排除できず、為替が円高に振れた場合、先月のように、日本の下落率が米国を上回る可能性も十分ある。

問題は、株価が再度下落した場合に、その後どの程度の時間軸で回復するのかである。仮に、日本のバブル崩壊時やリーマンショックのように影響が長期化してしまうなら、下落時のリスクテイクは報われ難いかもしれない。過去のショックの事例を振り返り、市場への影響が長引く条件を考える。

■ 株価市場ショックの歴史と特徴

世界的な金融危機が始まったのは、「1857年パニック」だとされる。鉄道ブームや銀行新設で経済は活況を呈したが、クリミア戦争終結による穀物価格の下落や、英国マネーの米国から流出等を受け、米オハイオ生命保険信託銀行が破綻。当時実用化されたテレグラフで、広範囲に不安が伝搬したとされる。その後も株式市場は不安定な動きを示したが、当時の株価データ取得は難しいため、1900年代以降の代表的なショック時の株価下落幅を示したのが図表3である。

注目したいのは、それぞれの危機から回復までの期間である。株価の下落幅とその後の停滞期間には関係性はみられない一方、金融システムや、さらに財政にも影響が及んだ場合、回復が長引く傾向がある。例えば、1920年~21年の1920デフレショック、1929~33年の世界恐慌、1990年の日本の資産バブル崩壊等がこれに該当する。1997~98年の新興国通貨危機は、金融、財政に影響が及んだ割に影響は短期で済んだが、米国に大きな影響が及ばなかったことが要因となっている可能性があるだろう。

金融、財政に影響が生じるのは、企業、家計、金融の3部門のいずれかに決定的な脆弱性が見られる場合だ。では、現在これらにどの程度の脆弱性があるのか。

■ 企業部門:過去より健全だが、商業用不動産に不安

米国の景気後退は、一部例外もあるが、企業の借入が大きく増加し、ピークアウトした後に発生する傾向がみられる(図表4)。景気拡大期に企業が借入を増やし、その後金利上昇や景気減速の兆しとともに借入の伸びが鈍化し景気後退が始まる。

しかし、足元の状況はこれまでのパターンとは異なる。昨年までの急激な金利上昇で、米企業は借入を抑制している。このことが金利が上昇しても企業のデフォルト率上昇が緩やかなことの背景の一つだ。

唯一、金利上昇の影響が深刻なのが商業用不動産セクターである。特にオフィスについては、価格下落が続き、年初からローンの延滞率が急上昇している(図表5)。ただし、この分野は、主に中堅・中小銀行の問題であること、銀行だけでなくノンバンク等の多様なリスクテイカーが資金提供を継続していることなどから、金融システム全体の危機の誘因にはなりにくいと考える。

■ 家計部門:利上げ影響は限定的だが、株価に敏感な構造に

家計部門の借入金返済の所得に対する比率は、10%以下に留まっており、過去2年の金利上昇にも関わらず極めて安定している(図表6)。消費者ローンの返済比率はやや上昇傾向にあるが、住宅ローン返済比率は、所得に対して4%程度に留まっており、サブプライム危機勃発前の7%台に比べてかなり低位だ。賃金や投資関連収入が増加したことが、個人の収支バランスの安定に寄与しているとみられる。

但し、個人セクターには、2つの懸念材料がくすぶる。第一に、冒頭に述べた失業率の上昇である。第二に、株価が下落した場合の逆資産効果である。図表7の通り、米国で株式を保有している家計の比率は全体に上昇しており、最富裕者層では96%にも上る。一方、所得が低い人々も、やりくりしながら株式に投資するようになっている。1989年に対象世帯の3.2%に過ぎなかった株式保有比率は、直近で5.3倍の17%まで上昇した。

このため、現在間接的に消費を支えている株価は、下落に転じた場合、過去以上に広い家計に対して影響を与えかねない。実体経済が株価に反映されるという通常の作用とは逆に、株価が実態経済に影響を与える構造となっている。

■ 金融機関の頑健性と今後の見通し

これらの脆弱性に金融システムは耐えられるのか。現在、米銀のTier1比率は過去最高水準に達しており、不良債権比率も過去最低水準近辺で推移している(図表8)。資本の格差もリーマンショック前等と比較して低位に留まっており、脆弱な銀行群が大きく痛んでいるわけではない。

また、銀行収益は大手行を中心に総じて増加傾向にあり(図表9) 、資本バッファーの絶対額もかつてない水準に積み上がっている。

株価はGDPのトレンドから上振れていること、失業率を基にする景気後退懸念シグナルが点灯していること、家計や企業も一部に脆弱性を抱えることから、また何らかのきっかけで株価が下落する可能性は排除できない。

しかし、再度暴落に見舞われる可能性が高いとしても、過去に比して企業、家計、金融システムの基礎力が上昇していることや、数々のショックを経て当局が対応の経験値を蓄積していること等から、かつての金融危機のように低迷が長期化する確率は高くないと考える。

次の下落を好機とするために、資産分散で株価下落時の損失を抑えるとともに、下落時にリスクテイクできる余力を蓄えておくことが重要だろう。

 

 

 

 

 


大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関する調査研究に従事。Institutional Investors誌によるグローバル・アナリストランキングの銀行部門にて2014年第一位を始め上位。国家戦略特区諮問会議有識者議員、規制改革推進会議顧問、デジタル行財政改革会議アドバイザリーボード委員、財政制度等審議会委員、金融庁・資産運用に関するタスクフォースメンバー、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞「十字路」、日経ヴェリタス「プロの羅針盤」、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 一橋大学博士(経営学)


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