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- “ドル離れ”を加速させる3つの不安要素
21日の米市場は株・債券・ドルのトリプル安となり、”米ドル離れ”懸念が台頭している。今後、トランプ関税が脱グローバル化に拍車をかけ、米ドル建て決済の減少が(まだ少額とはいえ)人民元決済の増加を加速させうる。米国債についても、近年粘着性の低い投資家の保有が増加しており、格下げや大口の売りへの思惑等で資金が流出する可能性もある。こうした需要の減少は、傾向線から大きく上方乖離している米ドルの実質実効レートを一気に低下させる可能性も排除できない。
■ 米ドルに対する不安要素
米トランプ大統領の言動による市場の混乱が続いている。4月21日の米国市場は、株・債券・ドルのトリプル安となり、月初に急騰した米国債のCDSやタームプレミアムが押し上げられた(図表1)。
金融市場では、こうした”ドル離れ”への懸念が台頭している。まだハードデータでは明らかではないが、その可能性を示す“火種”がいくつか見え始めている。
1)関税に伴う貿易決済の“ドル離れ”
リーマンショック以降、世界のGDPに対する貿易量の比率は上昇がストップしている(図表2)。
トランプ米大統領の関税政策は、こうした脱グローバル化の流れに拍車をかける。世界貿易機関(WTO)は、これによる世界の財の輸出額(2024年で24兆ドル)が最大1.5%・約53兆円減少しうると予想している。
現在、国際的な貿易取引の54%が米ドル建てとなっている(2022年)。仮に、予想される輸出量の減少分が全てドル建て決済されていたと仮定すると、財の貿易決済に利用される米ドルは3%程度減少する計算となる。
これ自体は、米ドルの地位を揺るがすような数字ではない。しかし、シェアを拡大しつつある中国人民元が差を縮める要因となりうる。
中国のSWIFT経由の決済額は、僅かながら日本を上回る(図表3)。しかも、増加ペースは他国を圧倒しており、過去5年間で2.2倍に増加している。
これらのSWIFT経由の決済に加え、中国主導の国際決済システムであるCIPS経由の人民元建て決済が近年急拡大している。2024年の決済額は、175兆元(約24兆ドル)に上った(図表4)。かつては、比較的少額の取引が多かった模様だが、近年は大規模な取引も増えているようだ。依然世界全体の決済額に比べれば小さいが、米国のブロック経済化が進めば、増加が加速する可能性があるだろう。
また、デジタル人民元のクロスボーダーでの利用額も、1.2兆ドルを超えたとされる。SWIFTより早くて手数料も安いとされており、今後、米国の貿易スタンス次第では、東南アジアを中心に急速に利用が拡大するとみられる。
2)米国債保有者の変化
2022年6月のFRBの量的引き締め(QT)開始以降、金融当局に代わって国債の保有を増やしたのは、米国内のMMFや個人に加え、海外投資家である(図表5)。海外勢は、日本(直近2月末時点で156兆円)、中国(110兆円)、英国(107兆円)に続き、ルクセンブルク、ケイマン諸島、アイルランド等のタックスヘイブン(租税回避地)の国々が並ぶ。内訳の詳細は不明だが、ヘッジファンド等が含まれるとみられる。とりわけ近年では、これらのタックスヘイブンの投資家の保有額が増加している(図表6)。これらの投資家は粘着性が低いことから、市場の不安が高まれば、国債売りに走る可能性が高い。QTの結果、米国債の投資家は過去に比べて投機性が若干高まったと考えられる。
更に不確実なのは、過去10年間保有額が減少し続けている中国の動向である。中国は、ベルギーなどにも保管勘定があるとされており、前述の直接保有の金額以上に保有している可能性が高い。中国が米国債の大規模な売却に動くことは、保有資産の価格下落のトリガーを自ら引くことになるため、合理的な行動ではない。しかし、政治的動機や、あるいは、ヘッジファンドなどの売りで価格下落が予想される場合には、一気に売却に舵を切る可能性も排除できない。
3)信用力(債券利回り、CDS、格付)
4月初旬、長期債利回りの上昇が市場を驚かせた。これと同時に、米国債の保証料であるCDSと将来の国債のリスク等を反映するタームプレミアムが急騰、その後も高止まりしている(前掲図表1)。
もちろん、米国のCDSの水準は、過去の危機時の水準に比べると低く、米国の資金調達に大きな影響が出るような水準ではない。
しかし、今後例えば米国の格下げがあれば動揺は必至だ。現在、世界の主要格付け会社のうち、Moody’sのみが米国をAAAの格付けを維持している。格付けの見通しは「ネガティブ」であり、3月末にも、高関税や財政悪化に対して警鐘を鳴らすレポートを発表している。今年8~9月に再び債務上限に達してしまう(米議会予算局の予想)頃に格下げされるシナリオは十分にありうる。
既に他の格付け会社は格下げ済みであるため影響は軽微だろうという見方もある。しかし、後追いの格下げだからと言って楽観視はできない。2024年の5月と12月に相次いで格下げされたフランスの事例をみると、2回とも、国債利回りやCDSプレミアムが大きく悪化したことがわかる(図表7)。こうした債券利回りの上昇=価格の下落は、金融機関のバランスシートにも悪影響をもたらす。2024年末時点の米銀の債券含み損は、4820億ドル(約70兆円)に上る(図表8。売却可能有価証券と満期保有証券の合算)。これは、米銀の2024年の経常利益の1.5倍の規模である。しかも、金利が同水準だった2007年頃に比べて含み損は遥かに大きくなっている。これ以上の含み損の拡大は、2023年3月のシリコンバレーバンク等の破綻の例を持ち出すまでもなく、経営上のリスクになりうる。財務内容の悪化は、銀行の貸出余力を低下させ、米国経済、ひいては税収減による財政の悪化を招くという負のスパイラルを引き起こす可能性がある。
現在、米国では、補完的レバレッジ比率規制(SLR=中核資本を、国債等を含む総与信額で除した比率を原則5%以上とする)の緩和で、銀行が国債を保有しやすくなると期待されている。しかし、仮に規制が緩和されたとしても、債券価格下落の局面では、銀行は、決算リスク回避のためむしろ売りに回る可能性が高いだろう。
■ ドル覇権の変化の可能性
ドル離れがありうるといっても、現時点で米ドルに対抗できる通貨はない。前述の通り、米ドルは、貿易決済で54%を占める他、世界の外貨準備の58%、クロスボーダー与信の47%と圧倒的シェアを占めている。
しかし、中国の国際通貨戦略で、ごく緩やかながらドル一強体制に変化が見え始めているのも事実である。トランプ氏の関税をはじめとする各種の施策で、この小さなひび割れが一気に拡大する可能性も否定できない。
米ドルの実質実効レートは、現在、プラザ合意時に次ぐ高水準となっている。今後の米国の通貨協議の行方に加え、ドルの世界金融市場での地位に揺らぎが生じれば、大きく下落に転じる可能性もあるだろう。
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