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- 第二次トランプ政権下の金融規制緩和の現実味
トランプ政権下での金融規制の緩和が注目されている。銀行に対するバーゼルⅢ最終化規制の緩和や適用時期の延期、商業用不動産のガイドライン柔軟化等の可能性は相応に高く、実現すれば、貸出増加を通じ、GDPの押し上げ効果が見込まれる。一方、M&Aや暗号資産については、ややハードルが高く、市場の期待が先行し過ぎている印象もある。規制緩和は金融不安を招くという懸念もあるが、監督当局の対応能力の向上や銀行収益の拡大でリスクは相応に抑制されている。
■ トランプ氏の金融緩和に期待高まる
米国ではトランプ氏の大統領選勝利で、金融規制の緩和が注目されている。トランプ氏は、前回の任期中にドッド=フランク法を緩和した実績があり、規制見直しのための政府効率化委員会設置にも言及しているためだ。
一方で、当時の緩和が昨年のシリコンバレー・バンク(SVB)等の破綻を招いたという批判もある。実際、どのような分野に、どの程度の規制緩和がありうるのか。
■ 国際銀行規制 (バーゼルⅢ最終化)
現在、世界の金融規制は、主要諸国の中央銀行総裁会議によるバーゼル銀行監督委員会(Basel Committee on Banking Supervision、BCBS)の枠組みに基づいている。この枠組みには現在世界28か国の銀行が参加している。1975年のバーゼルの初会合から来年でちょうど50年となる。過去、バーゼル規制は段階的に厳格化されてきたが、2017年に「エンドゲーム」と呼ばれる最終的な厳格化案が合意された(図表1)。これまでも、リセッションで金融システム不安等が発生する毎に規制強化が議論されたが、今回は、項目が多岐に亘り、踏み込んだ内容が含まれていたことから(図表2) 、最終化まで時間を要した。バーゼルは、一定のスケジュール内での実施を推奨しているが、直接的な執行権限は持っていない。その結果、実施のタイミングや具体的な要件において国ごとにばらつきが生じることが多い。
バーゼルⅢ最終化についても、当初は世界的に2022年1月から施行されるはずだったが、新型コロナの発生で2023年1月に延期、さらに一部の国では一層の延期を決めている。例えば 、英国では2026年への延期が決まっている。欧州ではトレーディング関連の規制については2026年への延期を発表済みだったが、更に先月、フランス、ドイツ、イタリアの3国が連名で延期を要請している。(図表3)。
米国については、現時点では2025年7月に施行するスケジュールとなっているが、やや不透明な情勢となっている。米監督当局は、昨年、グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)に対し、普通株式Tier1(CET1)資本要件を19%増加させるという厳格な改正内容を発表した。しかし、業界からの痛烈な批判を受け、今年に入り、要件を大幅に緩和し、G-SIBsの所要資本の増加幅が約9%程度に留まるような案を提示する予定とされている。また、G-SIBs以外の銀行についても、大手行に準じる厳格な規制を適用するという案になっていたが、引き続き別枠の規制となる可能性が高まっている。現在当局間でも意見に食い違いが見られると報じられており、トランプ大統領の下で、大きく修正される可能性もある。これらを取りまとめる時間を考えると、施行時期も延期される可能性が高いと考えられる。
■ 大型M&Aの容認
M&Aに対する許認可も緩和が期待されている。しかし、これには時間がかかると考えられる。
次葉図表4の通り、民主党政権下での大型M&Aへの政府の介入件数は、共和党政権下の件数を大きく上回る。例えば、民主党バイデン政権では、2022年にマイクロソフトがアクティビジョンに対し690億ドルに上る巨額買収に乗り出したが、政府は独占禁止法の観点からこれに何度も異議を申し立てた。結局2023年10月にこの買収は成立したが、当初予定から大幅に遅延した 。
もっとも、M&A取引の活発化に向けた体制づくりは容易ではない。米国でM&Aの承認に関わるのは、主にFTC (Federal Trade Commission、連邦公正取引委員会)である。現在のFTC委員長は、IT関連の独占禁止法の規制強化を唱える学者で、 2021年にバイデン政権下で任命された。しかし、FTC委員は、制度上、公務に関する不法行為等の場合以外にはその意に反して罷免されることはない。委員長の任期は7年、2028年までとまだ長い。暫定的な委員を任命する等の可能性はあるものの、具体的に、どこまで大きな変化が見られるのかは不透明である。
■ 商業用不動産ローン
商業用不動産(CRE)に対するローン、特にオフィス向けローンの延滞は、リーマンショック後の最高値に近づきつつあり、米国経済の数少ない懸念材料となっている(図表5)。2023年に中堅中小銀行のCRE与信の大きさが問題になったことから、同年夏に、厳格なガイドラインが当局から示された。CREローンの残高が資本プラス引当金の300%を超える場合や、CREローンが急激に増加している場合、特定の資産クラスに与信が集中している場合等について、より厳格な管理を銀行に求めるというものだ。
次葉図表6の通り、上場銀行中約4割の銀行がこの資本対比の基準を超えるCREローンを抱えている。自行の財務改善のためにこれらのローンを縮小させれば、CRE市場の一層の悪化を招くことが懸念されている。
このガイドラインは、もともと3つの金融当局(FRB、FDIC、OCC)が合同で策定したものだが一部の経営体制の漸次入れ替え等により、修正がなされるシナリオも十分ありうるだろう。
■ 暗号資産
トランプ氏は、暗号資産に対して厳格な姿勢を取ってきたゲンスラーSEC(証券取引委員会)委員長の解任を宣言している。これを受け、ゲンスラー氏は、新政権発足時に退任する意向と報じられている。
暗号資産規制の最大の焦点は、個別の暗号資産が証券であるか否か、という判断である。暗号資産が証券かどうかは、「ハウィ・テスト」という1940年代以降用いられている基準によってSECが個別に判断している。現在、ビットコインとイーサリアム以外の殆どが証券と見なされ、厳格なSECの管轄とされている(図表7)。しかし、ビットコインとイーサリアムが証券に区分されていないため、暗号資産全体の時価総額ベースでは、 70%は証券ではないという、ややわかりにくい状態になっている。SECの体制変更でこれらの不透明性を払拭すれば、スタートアップ企業の暗号資産での資金調達が容易になる可能性がある。
なお、トランプ氏はCBDC(中央銀行デジタル通貨)については反対している。日本でもCBDCの実証実験が進められてきているが、米国のトーンダウンは、日本の議論にも影響を与える可能性があるだろう。
■ マクロ経済への影響
これらの規制緩和のうち、現時点で最も可能性が高いのが、バーゼルⅢ最終化案の緩和と適用時期の延期だろう。銀行収益に対しては当然プラスだが、景気全体に対してはどの程度の影響がありうるのか。
米銀の年間純利益は、合計で36兆円程度と、Tier1資本の約11%に当たるため、50%を株主に還元したとしても、自然体で年5%強資本が増加する計算だ。仮にその10倍のリスクテイクが可能とすれば、現在の約1880兆円の貸出残高を10%程度拡大する余力が生まれる。
また、CREローンに対するガイドラインの調整も、国内の当局の取り決めであることから、ハードルは高くないだろう。金利低下にCREローン融資の柔軟化が加われば、貸出余力がさらに拡大する可能性がある。
過去の傾向を見ると、銀行貸出の1%の増加はGDPの0.2ポイント上昇に相当する(図表8)。従って、貸出が増加すれば、減税や補助金に過度に頼らずとも景気を浮揚させることができる可能性が高いだろう。
但し、大規模M&Aの活発化については、体制整備等にやや時間がかかると考えられる。また、暗号資産規制の適性化については、新興企業の資金調達に対して一定のプラス効果はありうるものの、市場を支配するビットコインやイーサリアムに直接的な影響を与えるわけではない。このため、どの程度暗号資産市場全体が恩恵を受けるのかは現時点では不透明だ。
■ リスク要因
こうした規制緩和によって、金融システムの安全性が危険に晒されることはないだろうか。この点については、セーフティネットが鍵となるだろう。2009年~11年には400行近くの銀行が破綻したのに対し、2023年の危機時は、破綻銀行の総資産額は大きかったにも関わらず、破綻銀行数は僅か5行に留めることができた。危機の波及を食い止められた理由は、監督当局が預金の全額保護等で事態を早急に収拾し、その後預金保険準備金の減少分を大手行への特別賦課金で補填したためだ。大手行の利益もリーマンショック直後比で2倍以上に拡大しており、リスク負担余力は高い。
やや期待先行となっている分野もあるものの、金融システムリスクは総じて抑制されている現状での規制緩和は、米経済にポジティブな影響を与えうるだろう。
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