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- スイス中銀はマイナス金利へと向かうのか?
スイス国立銀行(SNB)は12日に市場予想の0.25%を上回る0.5%の利下げを発表し市場を驚かせた。インフレ圧力の低下が大幅利下げの背景とSNBは説明したが、この利下げにより政策金利は0.5%とゼロ金利、さらにはマイナス金利を意識し始める水準となった。SNBは今回の記者会見や過去の講演でマイナス金利政策導入の可能性を示唆してはいるが、積極的に導入を支持しているわけではなさそうだ。
スイス中銀は市場予想の0.25%に対し、サプライズの大幅利下げを決定
スイス国立銀行(中央銀行、SNB)は12月12日、政策金利を0.5%引き下げて0.5%にすると発表した(図表1参照)。市場では大半が0.25%の利下げを見込んでいたためサプライズとなった。SNBは大幅利下げの背景として「基調的なインフレ圧力の低下」を指摘し、前回(9月会合)からインフレ見通しを一部引き下げた。なお、声明文で為替介入については、「必要に応じ為替市場に介入する用意がある」と従来の説明を維持した。
スイスフラン(対ユーロは)今年5月末の水準から12月まで概ねスイスフラン高・ユーロ安傾向だった。しかし12日のサプライズ利下げを受け、急速にスイスフラン安・ユーロ高に転じた。
大幅利下げの背景にインフレ基調の低下があったようだ
スイス中銀の金融政策が注目を集めることは最近少なかった。しかし、今回の会合で利下げ幅がサプライズだったこと、そしてそれ以上に政策金利の水準がゼロ金利もしくはマイナス金利に近づいていたことで注目が集まった。マイナス金利復活はあるのだろうか?
まず、大幅利下げの経済的背景を確認すると、インフレ圧力の低下が利下げ要因となっている。SNBは12月会合で、25年1-3月期のインフレ見通しを0.3%と、9月会合時点の0.6%から下方修正した(図表2参照)。スイスの11月のCPIは、前年同月比の上昇率が0.7%だった。前回の利下げ決定前の8月時点の1.1%上昇から鈍化した。インフレ鈍化が大幅な利下げの背景であったことが示唆される。
同時に、スイス中銀の、次のインフレ見通しに対するコメントにも注目が必要だ。「今日の利下げ判断がなければ、物価見通しはもっと低くなっていただろう」と述べている点だ。大幅利下げで物価の下がり過ぎにも配慮するとともに、大幅利下げによる物価の下げ止まりも期待しているようだ。
なお、SNBの物価目標は0~2%であり、物価の下限に近付いている。SNBの物価下げ止まり見通しは、希望でもあるのだろう。問題なのは再びスイスフラン高が進行し、物価が下落する展開となった場合のSNBの対応だ。今回の利下げを受け、金利の下げ余地は0.5%で、ゼロ金利到達後さらに金利を下げる必要があるなら非伝統的金融政策としてマイナス金利政策の再導入が必要だ。
別の選択肢は為替介入で、過去においてもSNBは無制限の為替介入を実施している。
スイス中銀と非伝統的金融政策:マイナス金利を振り返る
スイス中銀(SNB)の過去のマイナス金利政策などを簡単に振り返る。スイス国立銀行は、2011年9月、欧州債務危機に端を発するスイスフラン高(スイスへの資金流入)への対策として、対ユーロ為替レートについて、1ユーロ=1.20スイスフランを上限とし、これを超えてスイスフランが上昇した場合は無制限介入(スイスフラン売り)すると宣言した。為替無制限介入の発端は欧州債務危機だったわけだ。
しかし、SNBは15年1月に無制限為替介入策を撤廃して、同月にマイナス金利政策を開始した(発表は14年12月)。無制限為替介入の後、外貨準備高が急増した。外貨準備高の増加はスイスフラン高局面で価値を減ずるリスクや、マネーサプライの急増による資産価格上昇が懸念されるなど為替介入の副作用が大きくなったのだろう。スイス中銀のマイナス金利政策は22年9月の会合で0.75%の利上げにより政策金利が(プラス)0.5%へと引き上げられたことで終了した。マイナス金利政策は8年弱にわたり続けられただが、日本などと同様マイナス金利の適用範囲は限られていた。当座預金の基準額を超える部分に対してマイナス金利(-0.75%)が適用され、基準額以下の当座預金にはゼロ%が適用されるなど、当座預金を階層構造としていた。それでもスイスの金融機関の一部はマイナス金利を口座維持料などの名目で徴収する動きなどに副作用が見られた。
もっとも、スイスなど欧州の中央銀行がマイナス金利から脱却した22年中ごろは急速にインフレが悪化していた。図表2で確認できるように22年中ごろはスイスのインフレ率のピークで、3%を超えていた。マイナス金利の効果と副作用を十分検討した結果の脱却というより、インフレに追われ、あわてて脱却したというのが実感に近いかもしれない。
マイナス金利政策も必要なら導入する構えだが、前のめりではなさそうだ
スイス中銀(SNB)の今後の金融政策を、今回の会合の内容や、シュレーゲル総裁の最近の発言などから占おう。基本は様子見で大幅利下げの効果を見守る姿勢とみている。声明文で、従来利下げ継続を示唆していた「今後数四半期のうちに政策金利のさらなる引き下げが必要になる可能性」という文言を削除したうえ、「SNBは状況を見守り、必要な場合に政策を調整する」姿勢を示唆しているからだ。
まずは今回の利下げの効果を見守るが、仮にさらなる調整が必要なら、残された利下げ幅で対応するのが次のステップであるように思われる。市場の一部ではあるが、「次はマイナス金利」という前のめり予想とは距離がありそうだ。
それでもスイスフラン高が進行した場合などに、マイナス金利導入の可能性を排除しないことをシュレーゲル総裁は記者会見で示唆している。同時に、マイナス金利導入には積極的ではないトーンの発言もしている。シュレーゲル総裁は10月や11月の講演でもマイナス金利を実施する可能性は示唆する一方で、できるならマイナス金利の再導入は回避したいとも述べている。(スイスフラン)動向次第ということなのだろう。スイスのような国は受動的に市場の変化を受け入れて政策を決定する必要があるということなのだろう。
スイスフラン高に対する強力な為替介入も選択肢として残されている。筆者はこの選択肢は最後の手段とするのではないかとみている。スイス中銀の財政状況は22年、23年と悪く、今年ようやく改善を見せ始めた。このような時にSNBがあえてコスト高となる可能性がある為替介入を
積極化させるのは政治的にも難しいかもしれないからだ。市場変動が高まった時の最後の手段に残すのではないだろうか。
マイナス金利政策にせよ、大胆な為替介入にせよ、必要ならば実施する準備はSNBにあるようだが、これらの政策に前のめりだからではなく、あくまで必要ならという位置づけではないかと筆者は見ている。
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