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米株安・米債安・米ドル安の「トリプル安」 米国例外主義は終焉か?
田中 純平
2025/04/17

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概要

S&P500指数が下落する中、米10年国債利回りは急上昇し、同時に米ドル安も進行したことから、トランプ米政権は相互関税発動からわずか13時間余りで90日間の延期に追い込まれた。いったい米国の金融市場で何が起こっているのか?このレポートでは米国債の動向に焦点を当てて解説する。



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米金融市場に起こった「異変」

トランプ米大統領は4月9日(水)、相互関税の発動からわずか13時間余りで、報復措置を取っていない国・地域を対象に、相互関税の90日間停止を突如発表した。二転三転するトランプ政権の関税政策の背景にあるのは、米国金融市場の「異変」だ。

市場関係者の想定を上回る広範かつ高水準な輸入関税の適用は、米国経済の景気後退リスクを一気に高めることになり、S&P500指数の終値は4月2日(水)から8日(火)にかけて12.1%も下落した(図表1)。

本来であれば、このようなリスクオフ局面では米国債が買われて(米金利は低下して)然るべきだが、今回はその逆のことが起こった。米10年国債利回りは4月4日(金)の日中の最低水準である3.85%から、4月9日(水)の日中の最高水準である4.51%まで、わずか4営業日で0.66%も急上昇するという異例のスピードだった。

米長期金利が急上昇した理由として市場で指摘されているのは、①ベーシス・トレードやスワップ・スプレッドのアンワインド、②米国株急落に伴うマージン・コールに対応した米国債の売却、③中国当局による米国債の売却などだ。

米長期金利上昇の主因は金利スワップ・スプレッドのアンワインドか?

ベーシス・トレードとは、米国債現物を買付けると同時に米国債先物を売却する取引であり、ヘッジファンドなどがその価格差に着目してリターンを得る手法だ。通常、多額の資金を借り入れて賭けを大きくするため、想定外のイベントが発生するとレバレッジの解消が進み、債券市場への影響が大きくなる。しかし、4月2日以降の米国債先物の建玉を見る限り、大きな変化は見られないため、ベーシス・トレードのアンワインド(巻き戻し)が原因との見方は今のところ少数派だ。

一方、米金利スワップ・スプレッドでは明らかに変化がみられる(図表2)。金利スワップ・スプレッドとは、固定金利と変動金利を交換する金利スワップから現物債の利回りを引いた金利差だ。トランプ政権による銀行規制(SLR:補完的レバレッジ比率)緩和を期待する流れから、米金利スワップ・スプレッドのマイナス幅が縮小する方向に賭ける投資家が多かったが、大方の予想に反して米長期金利が急上昇したため、マイナス幅がさらに拡大(ポジションがアンワインド)したと考えられる。

さらに、今回の米長期金利の急騰に拍車をかけたのが、米国株価指数先物の急落で発生したマージン・コール対応の米国債売却だ。米国債のマーケット・メーク(値付け)を担うプライマリー・ディーラーに対してはリーマンショック以降、自己資本規制が強化されたため、米国債の急激な売りを買いで吸収することが困難になっていた可能性がある。すでに、プライマリー・ディーラーの米国債ネット・ポジションは歴史的水準まで積み上がっていることからも、その状況が推察される(図表3)。

最後に指摘されるのは、中国当局による米国債の売却観測だ。中国は日本に次いで世界第2位の米国債保有額を誇る。すでに2010年代から中国の米国債保有額は減少傾向にあるが、それでも2025年1月時点で約7,600億ドルを保有している(図表4)。

市場関係者が警戒しているのは、中国が米国と関税交渉を行う際に、中国側の切り札として米国債売却を持ち出す可能性だ。交渉が決裂した場合には、米国債売却(金利上昇)→米国の住宅や自動車ローン金利などが上昇→米国の景気低迷、といったシナリオが想定される。もちろん、中国自身も保有する米国債が下落するため、現実的な外交ツールとは考えにくいが、米国債の金利上昇に拍車をかける思惑としては十分だったと言えるだろう。

「米国例外主義」の終焉か?

トランプ米大統領は以前から米ドル高をけん制してきた。円安や人民元安を「大惨事」や「非常に不公平な不利益をもたらす」と批判し、米ドル安誘導とも解釈できる発言を繰り返してきた。しかし、おそらくトランプ政権にとって誤算だったのは想定よりも早く「米ドル安」が表面化したことだろう。

本来であれば、輸入関税の引き上げによって貿易赤字を縮小させ、緩やかに米ドル安を進める計画だったはずだ。しかし、一連のトランプ関税による景気の下振れリスクや不確実性の高まりを受けて、米株安、米債安が同時に起こったことに加えて、米ドル安も早期に発生させてしまったことが、トランプ政権にとって誤算になったのではないだろうか。

このトリプル安に加えて、無国籍通貨である金(ゴールド)が逆行高となっている現象は、米国から投資マネーが流出していることを示唆する、一種の「警告」になったともみなせる(図表5)。米国株だけが目立って上昇し続ける「米国例外主義」は、皮肉にも米国自身が終止符を打った可能性がある。


田中 純平
ピクテ・ジャパン株式会社
投資戦略部長

日系運用会社に入社後、主に世界株式を対象としたファンドのアクティブ・ファンドマネージャーとして約14年間運用に従事。北米株式部門でリッパー・ファンド・アワードの受賞歴を誇る。ピクテ入社後はストラテジストとして主に世界株式市場の投資戦略等を担う。ピクテのハウス・ビューを策定するピクテ・ストラテジー・ユニット(PSU)の参加メンバー。日経CNBC「朝エクスプレス」、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」、BSテレビ東京「NIKKEI NEWS NEXT」に出演。週刊エコノミスト「THE MARKET」で連載中。日本経済新聞やブルームバーグではコメント多数引用。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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