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歴史的変化の危機に瀕して ~ 欧州の復興基金
2020/06/17

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概要


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復興基金:巨大な試金石

欧州委員会は、EUの復興基金設立案を提示しました。基金の総額はEUの国内総生産(GDP)の5.4%に相当する7,500億ユーロであり、5,000億ユーロ(67%)は返済不要の補助金で、残りの2,500億ユーロ(33%)は融資となっています。この基金は、欧州委員会によって「次世代のEU」という名称で利用される見通しです。基金は、2021年から2024年の間に利用できますが、ある程度の金額は2020年中に利用可能となる見込みです。

基金の中核は、「復興・回復ファシリティ」と名付けられた5,600億ユーロ(約67兆円)の加盟国向けの補助金と融資です。内訳は、3,100億ユーロ(約37兆円)の補助金と2,500億ユーロ(約30兆円)の融資となっています。この基金には付帯条項が付く見込みです。補助金と融資は受け取る国の構造改革に応じて付与される予定です。特に環境に対する投資とデジタル社会への変革が優先されます。国ごとの政策は、EU加盟国の過半数の承認が必要となります。

復興基金に必要な資金調達を行うために、欧州委員会はEU予算の独自財源の上限について、EU全体の国民総所得(GNI)に対する比率を、現行の1.4%から0.6%ポイント引き上げて2.0%とする提案をしています。

金融市場で調達したこの7,500億ユーロは、2028年以降2058年までの30年間で、新設される独自の財源で償還される見通しです。この財源として、例えば排出権取引制度の拡大、炭素国境調整メカニズム、全世界で年商が7.5億ユーロ以上の企業に対するデジタル課税、および欧州単一市場の恩恵を受けている企業に対する課税などがあげられます。

欧州委員会が発行する債券は、欧州中央銀行(ECB)の資産購入プログラム(APP)の対象となります。そうすると「復興・回復ファシリティ」で発行される債券は、従来からの観点からするとECBが購入可能なものとなります。

基金の国別配分については、欧州委員会がさまざまな基準に基づいてシミュレーションを行っています。これによると、イタリアへの配分額は811億ユーロ(約9.7兆円)、スペインは773億ユーロ(約9.2兆円)、そしてフランスは390億ユーロ(約4.7兆円)となります。この金額は今後の議論のベンチマークとなるものですが、公式の数値ではないことに留意が必要です。(図表参照)

「次世代のEU」基金は、EUの長期的な予算案であり、中長期的な予算の枠組み(MFF)の一環となります。欧州委員会は、EUの予算を2021年から2027年の間に1.1兆ユーロ(約132兆円)程度見直して、総額1.85兆ユーロ(約222兆円)まで増やす見通しです。既に合意している緊急措置の5,400億ユーロ(約65兆円)を考慮すると、コロナウイルス危機に対する欧州の対応は、総額2.4兆ユーロ(約288兆円)にのぼります。

合意へのスケジュール


EUの予算案は、欧州理事会において27ヵ国の参加国の全員一致で可決される必要があるため、欧州委員会は参加国全てと協議する必要があります。その後、欧州議会の多数決で決議し、各国の議会で批准する必要があります。

この復興基金の案について、いくつかの事項に対して反対が予想されます。例えば、EU予算の増加や返済不要の補助金の金額等です。いわゆる「倹約4ヵ国」と呼ばれるオーストリア、デンマーク、オランダ、およびスウェーデンは、これまでも返済不要な補助金への期待やEU予算の拡大等に対して消極的な姿勢でした。しかしながら、欧州委員会の基金案が環境やデジタル化に対して強く焦点をあてていることから、これら4ヵ国の姿勢も軟化する可能性があります。基金案の折衝は容易なものではなく、法制化には時間がかかると見られます。たとえ複数回のEU首脳会議を開催する必要があったとしても、妥協点はあると考えます。MFFと「復興・回復ファシリティ」が2021年1月に動き出すためには、基金案の主要部分は今年の夏ごろには合意に達する必要があります。

基金案が合意に達しなかった場合は、複数の加盟国を通じた「復興・回復ファシリティ」を連携して設定し、MFFの枠組みから外れたものとする案が考えられます。もちろんこのような状況になった場合、欧州の統合に対して悪影響を及ぼすのは必至です。

主要なスケジュールとして、6月11日のユーロ圏財務相会合と、6月18日から19日のEU首脳会議があげられます。

ゲームチェンジャーとなる可能性

「次世代のEU」基金の金額自体は、それほど巨額のものではありませんが、政治的なインパクトは強烈です。フランスとドイツの間で合意した基金設立の動きを引き継いだ、この欧州委員会の提案はいくつかの国々、特にドイツのタブーを打ち破るものです。つまり、EU諸国が共通の債券を発行し、必要とする国々に提供するという考え方です。今回の欧州委員会の提案は一度限りのものであって、このタブーが完全に消えるものではないとしても、EUが共通の財務政策を持つ方向に動くことになります。換言すると、欧州の統合に対するゲームチェンジャーとなる可能性があります。


なぜドイツは考え方を変えたのでしょうか。恐らく、経済的な要因が多くを占めていると見ています。2011年のユーロ債務危機において、一番打撃を受けたのはドイツとは経済的なつながりが限定的な中小国でした。ところが、今回のコロナウイルス危機は、ドイツとの経済的な関係が深い大国に影響を及ぼしています。他にも要因があると思います。ドイツ連邦銀行(ドイツの中央銀行)が、ECBの資産購入プログラムに更に関与していくことに疑問を呈して、ドイツの連邦憲法裁判所は一部違憲判決を出したことから、ドイツはこの基金案に乗らざるを得なくなりました。

欧州統合の父と呼ばれたジャン・モネは「ヨーロッパは危機を通じて鍛えられ、危機に対する対応の積み重ねとして構築されていく」と述べています。過去の危機的状況は、EUの機能におけるいくつかの構造的欠陥をあぶりだしましが、同時に、欧州統合に向けての進歩につながりました。今回のコロナウイルス危機も例外ではないでしょう。

補足:EUの提案は修復と次の世代への準備

「次世代のEU」基金は、5,000億ユーロの返済不要の補助金と2,500億ユーロの融資から構成されており、3つの役割を持っています。第一にコロナウイルスによって被った損害に対する投資と修復のための資金であり、第二に民間部門の投資を促進するものであり、第三に将来の同じような危機を防ぐためのものです。

欧州委員会の提案

    ・2020年7月までに、欧州理事会がMFFと資金調達に対して政治的に合意する。

    ・2020年の夏までに、欧州議会における資金調達の協議会を開催する。

    ・2020年初秋に、修正されたMFFに合意する。

    ・2020年10月に欧州理事会を開催。

    ・2020年12月に欧州議会による修正MFFの決議。


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