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気候変動への適応                 ~温暖化する地球で生きるための鍵~ 
2022/11/28

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概要

地球温暖化が進むに連れ、世界の都市には、命に係わる熱波の到来頻度が増す状況に適応し、新しい科学技術やイノベーション(技術革新)に投資を行う必要性が増しています。



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スペインの首都マドリードとフロリダ州第2の都市マイアミは、世界で最も住みたい都市ランキングの上位に選ばれることの多い町です。堅調な住宅需要を反映して、マドリードの住宅価格は2015年以降60%以上上昇しており、マイアミの一戸建て住宅平均価格も、2021年までの3年間で2倍以上と高騰しています1

一方、2つの都市は、地球温暖化の影響で、数十年のうちには人の住めない都市になる可能性があります。例えば、マドリードは2022年、まだ5月上旬だというのに気温が40℃を超える40年ぶりの熱波に見舞われました。科学者は2050年までにはマドリードの最高気温が5℃上昇し、その結果、従来よりも大規模な山火事や干ばつや洪水が、より頻繁に発生する可能性がある、と警告しています。同時に、生物多様性の喪失と生態系の変化が感染症の拡大速度を加速させ、公衆衛生上のリスクを高める可能性も考えられます2

また、世界でも最も脆弱な沿岸都市の一つであるマイアミの存亡に関わる脅威は海面の上昇です。不動産開発と土地活用政策の非営利教育研究機関である「アーバン・ランド・インスティテュート」が最近発表した報告書は、2040年までに30億ドル以上の不動産が、毎日発生する潮の干満に起因する洪水で失われる可能性があることを警告し、2070年までには被害が235億ドルという驚異的な金額に達する可能性もあるとの試算を掲載しています3

マドリードとマイアミの例は極端かもしれませんが、現在、世界の人口の約30%(その多くが都市住民)が、年間40日以上、高温が原因で命を落とす危険に晒されています4。 一方、海面上昇のリスクに直面する都市部の総人口は、今世紀半ばまでに570都市の8億人以上に及び、その経済的コストは1兆米ドルに迫る可能性があると見られており5、しかも、状況は深刻さを増し始めています。二酸化炭素(CO2)の排出を即刻止めたとしても、世界の気温が低下するには時間を要します。過去に排出されたCO2の約半分が長期間大気中に留まり、新たにCO2が排出されなくても地球を暖め続けるからです。

気候変動に関しての科学的な知見を提供することで知られる「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、地球温暖化が、少なくとも今後100年はCO2の排出を完全に止めた時の水準に留まると予測しています。

このことは、気候変動への「適応」、換言すると、既に進行中の温暖化の影響に適応し、温暖化と共存するための取り組みが、気温上昇を抑制するための取り組みと同様に重要であることを示唆しています。「適応」の例には、農耕地管理の改善、持続可能な都市計画、水や資源の利用の効率化、強靭な電力システムの構築等が挙げられます。

第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)のアロック・シャルマ 議長が指摘するように、問題は、長い間、適応が緩和ほど重視されなかったことです。資金面での格差が大きいことも同氏の指摘を裏付けています。

経済協力開発機構(OECD)の試算によると、気候変動対応のために調達された資金のうち、適応には約25%が充てられているに過ぎず、緩和の64%を大きく下回ります。チューリッヒ工科大学環境物理学科教授のニコラス・グルーバー博士は、「適応と緩和のための対策には重複する部分があり得る」として、「強い相乗効果が期待される建築やインフラ等、幾つかの分野では効果が最大限に活かされる必要があります」と述べています。グルーバー博士が執筆したIPCCの報告書では、「気候変動への適応」を「気候変動に係るリスクと脆弱性を軽減し、強靭性を強化し、幸福感と予見力を向上させ、気候変動対応に成功するための取り組み」であると定義しています6

「適応に関するグローバルセンター(GCA)」の報告書によると、適応策が講じられなければ、気候変動は世界の農業生産の伸びを最大30%押し下げ、5億件の小規模農家に影響を及ぼす可能性があります。更に、1年のうち少なくとも1カ月間、十分な水が得られない可能性のある人が、現在の36億人から今世紀半ばには50億人超に増えると予想されています7。一方、適応の対価がコストを上回ることは少なくありません。GCAは、早期警戒システム、気候変動に強いインフラ、乾燥地農業の作物生産量の改善、世界のマングローブ林の保全、効率的で強靭な水資源利用への投資の5分野に、2020年から2030年にかけて世界全体で1.8兆ドルの投資を行うことで、7.1兆ドルのネットの効果を得ることが出来ると試算しています。

都市の冷却

シンガポールのように、既に適応策を講じ、適応プロジェクトに投資している国もあります。(チューリッヒ工科大学とシンガポール国立研究財団が共同設立した)ETHシンガポール・センターでは、グルーバー博士の同僚が率いる研究チームが、都市部の気温上昇に係る課題に取り組んでいます8。プロジェクトは、現在、第3段階に入っており、既に、都市の気温上昇を抑えるための80の対策を提案していますが、更に重要なことは、チームが都市部の気温が農村部より7℃も上昇するヒートアイランド現象を測定するための指標を開発し、気候変動に対応した都市設計指針を提案していることです。

都市の暑さ対策で重要なことは、熱ストレスが気温だけでなく、湿度によっても生じるのを認識することです。高温だけが死を引き起こすことは稀で、高温と湿度の組み合わせで死に至るからです。湿度が高いと発汗が体温を下げる身体機能が大きく損なわれてしまうため、科学者は気温と湿度の両方を正確に測定する湿球温度をモニターしています。

最近まで気象学者以外にはあまり知られていなかったことですが、湿球温度とは、水分が飽和状態にある身体が、水分の蒸発冷却によって到達する最低温度のことです。湿球温度が高過ぎると、人体は体を冷やすことが出来ず異常高熱症で死亡します。人間は湿球温度が35℃を超えると、日陰にいて、水分が無制限に摂取出来たとしても、数時間しか生存出来ません。

幸いなことに、現在の気候ではそのような状況に陥ることは殆どありませんが、気候変動が抑制されなければ、人口密度の高い地域等、幾つかの地域はそうした危険に晒される可能性があります。従って、建物を効果的に冷やすには、温度だけでなく、湿度を下げることが重要です。

一般的に、従来の建物用エアコンは1つの温度設定で2つを同時に行っています。一方、集中管理機能を備えたエアコンは、サイズが大きくエネルギー消費量が多い上に、広い設置面積を要する傾向があります。ETHシンガポール・センターのプロジェクトは、建物内部から熱を取り除くことと外気から湿気を取り除くことを別々に一つずつ行う画期的な建物設計を開発しています。

ETHシンガポール・センターが開発した「3対2」設計で、冷房と除湿の機能が別々に設定されているのは、除湿に必要な温度よりも高い温度で建物を冷やす方が効率が良いからです9。また、1台の換気装置ではなく、複数の小型分散型換気装置が使われます。こうすることで、建物全体に冷気を送る必要がなく、小型の装置ならば建物の正面部分や床に設置することも可能だからです。

グルーバー博士は、「「3対2」設計は、シンガポールで建てられた標準的な「持続可能建築(グリーン・ビルディング)」と比べて、オフィス面積を20%広げると同時に、エネルギー消費および建設資材を、それぞれ、40%および16%節約出来ます10。「3対2 」の概念は、適応と緩和を両立させる好例です。残念なのは、適応が複雑で、不適応のリスクも大きいため、どんな場合にも適用出来るとは限らないことです。成功の鍵は、適応力が高く先見性のある戦略です。不適応は、適応プロジェクトから誤った成果報酬が支払われた場合、例えば、海面上昇対策としての防潮堤の建設が業者に誤った成果報酬を与え、更に多くの資産をリスクに晒してしまうような場合、に起こります。このようなプロジェクトは時間と資金を無駄に使い、気候変動に対する脆弱性を減らすどころか増してしまうからです。とはいえ、適応は高度で難解な科学ではありません。既に多くの解決策が開発され、実用化されています。十分に行われていないのは、リスクと利益をよりよく理解し、解決策を実行に移すことです」と述べています。

適応力と先見性のある戦略が成功の鍵であって、「適応」は高度で難解な科学ではありません。

 

 

 

[1]Institute of National Statistics in Spain (スペイン統計局)2022年3月31日付、
ISG World Miami report(マイアミ・デイド群、ブロワード群、パームビーチ郡について)2021年第4四半期
[2]マドリード市
[3]https://knowledge.uli.org/reports/research-reports/2020/the-business-case-for-resilience-in-southeast-florida
[4] Mora et al. Global risk of deadly heat.Nature Clim Change7, 501–506、2017年(気候変動に関する研究論文を掲載する月刊誌)
https://doi.org/10.1038/nclimate3322
[5]C40
[6]IPCC AR6 WGII, SPM 2022年(気候変動に関する政府間パネル 第6次評価報告書サイクル)
[7] https://gca.org/wp-content/uploads/2019/09/GlobalCommission_Report_FINAL.pdf
[8]https://sec.ethz.ch/research/cs/About.html
[9]https://systems.arch.ethz.ch/demonstrators/3for2-at-uwc
[10]https://www.researchgate.net/project/3for2-Buildings-Achieving-Material-Energy-Space-Efficiency

 

 

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