Article Title
ECBの金融安定報告書が懸念するリスク
梅澤 利文
2021/05/20

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

欧州中央銀行(ECB)の21年5月の金融安定報告書では国よりも、ユーロ圏の企業債務、結果として銀行に潜在的な問題意識を示しています。欧州連合(EU)の復興基金の稼動を控え、ユーロ圏各国の資金繰りに多少余裕がある一方で、企業債務の持続性に注意を促しています。インフレ率や長期金利上昇の場合の影響等に懸念を示しています。



Article Body Text

ECB金融安定報告書:新型コロナ対応の財政・金融政策でユーロ圏内に不均衡も

欧州中央銀行(ECB)は2021年5月19日に金融安定報告書を公表しました。新型コロナウイルスの影響から脱しつつある一方で、ユーロ圏内の債務負担は大きく、危機対応のための財政政策と金融政策による景気刺激が危険な不均衡を膨らませていることに対し懸念を表明しました。

金融安定報告書が指摘した主なポイントは上記の不均衡の他に、長期金利上昇の影響、ユーロ圏の銀行の収益性(図表1参照)、気候変動と金融安定についてです。

どこに注目すべきか:金融安定報告書、下落、収益性、ビットコイン

欧州中央銀行(ECB)の21年5月の金融安定報告書では国よりも、ユーロ圏の企業債務、結果として銀行に潜在的な問題意識を示しています。欧州連合(EU)復興基金の稼動を控え、ユーロ圏各国の資金繰りに多少余裕がある一方、企業債務の持続性に注意を促しています。インフレ率や長期金利上昇の場合の影響等に懸念を示しています。

各国中央銀行や国際機関は金融安定報告書、または同様のレポートを発行していますが、人気があるとはいえないかもしれません。一般に金融安定報告書はその性格上、あれはリスクだ、これもリスクだという論調になりがちです。

しかし金融安定報告書を見るうえで大切なのは、これは予言書ではないことだと思います。何かのリスクイベントが起きた場合、どのような影響があるのか客観的に把握することに利用できそうです。金融安定報告書で指摘するリスクイベントが仮に起きた場合、その影響について知見があれば、何も準備がないよりは落ち着いた対応が期待されます。

そこで、ECBの金融安定報告書で示された、リスクイベントのうち(米国の金融引締めで)米株式市場が10%下落した場合を簡単にご紹介します。金融安定報告書はこの場合、ユーロ圏の株式市場も同様の程度下落する可能性があると指摘しています。加えて、ハイイールド債や格付けが高い投資適格債であってもスプレッド(国債利回りとの格差)が拡大し、企業の金融環境が悪化(引締め)することが示されています。特に、サービス産業の比重が高い国、または企業には債務負担が重い傾向があり、影響が大きくなるとして不均衡の問題を指摘しています。

次に、ユーロ圏の銀行の株価を見ると経済再開に伴うユーロ圏のインフレ率上昇に伴い、銀行株も上昇傾向です。ただ、収益性の指標である自己資本利益率(ROE)は低水準で、金融安定報告書は銀行の収益性の低さを懸念しています。

なお、今回の金融安定報告書は下落傾向となっているビットコインなど暗号資産にも言及しています(図表2参照)。ビットコインは1600年代や1700年代のチューリップバブルや南海泡沫事件など過去の有名なバブルが色あせさせるほど、といった表現で注目されました。たまたま下落局面に公表されたこともあり、予言したようにも見えます。しかし、金融安定報告書はユーロ圏において暗号資産が決済や金融商品で利用されることは限定的でリスクは低いと指摘しています。ビットコインをリスクオン、オフの目安としている市場関係者にとり足元の下落は深刻ですが、金融安定報告書がカバーするデータの範囲に限れば、金融リスクについては高くないと映るようです。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


FOMC:市場予想通りの利下げながら全体にタカ派

ECB:声明文はハト派ながら会見はタカ派も匂わす

11月の米CPI、市場予想通りの裏側にある注意点

11月の米雇用統計、労働市場の正常化を示唆

米求人件数とADP雇用報告にみる労働市場の現状

韓国「非常戒厳」宣言と市場の反応