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中国の最近の景気対策の特色を探る
梅澤 利文
2022/08/23

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概要

中国当局は軟調な融資活動のてこ入れに政策金利を引き下げ、建設が止まっている住宅プロジェクトの住宅ローンの返済が拒否されている問題への対応を示すなどの経済対策を発表しました。ただし、世界的にインフレ懸念が高まる中、中国の景気対策も規模や対象を絞っている印象で、これまでのところ市場の期待には届いていないように思われます。




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中国人民銀行(中央銀行):経済指標の悪化を受け主要政策金利を引き下げ

中国人民銀行は2022年8月22日に銀行貸出金利の指標となる1年物最優遇貸出金利(LPR、ローンプライムレート)を7月までの3.70%から0.05%引き下げ3.65%としました。住宅ローン金利の基準となる5年物LPRは7月までの4.45%から0.15%下げ4.30%としました(図表1参照)。

なお、人民銀は8月15日に、市中銀行に1年間の資金を融通する中期貸出ファシリティ(MLF)を2.85%から2.75%に引き下げています。

どこに注目すべきか:人民元、LPR、MLF、特別融資、ゼロコロナ政策

人民銀の利下げは、新型コロナウイルス感染対策のロックダウン(都市封鎖)や不動産市場悪化により軟調となった中国経済に対して、景気下支えの姿勢を示したものです。また、中国当局は不動産開発会社の資金不足で建設が止まっている住宅プロジェクトについて、290億ドル(2000億元弱)規模の特別融資を提供し、物件を買い手に確実に引き渡すことで住宅市場を安定化させる計画を公表しています。

しかし、利下げ幅や特別融資の規模を見ると対応は遅く、小粒の印象で、新たな対策を求める動きも想定されます。

中国当局が景気対策の必要性に迫られていることは、中国7月の小売売上高や工業生産の伸び悩みや、経済活動の目安である社会融資規模が市場予想を下回ったことなどから明らかです(図表2参照)。銀行や市場から新たに調達した資金を示す社会融資規模は7月が7561億元と市場予想を大幅に下回りました。その上内容を見ても、政府債による調達額は約4000億元と全体の53%を占め、反対に社債は約734億元にとどまるなど民間による資金調達額は低調で、経済成長のバランスにも問題が残るように思われます。

次に、景気てこ入れ策の対象を見ると、人民銀の22日の声明では銀行に対し中小企業への融資を重視することや、グリーン開発、技術革新セクターへの融資を促しています。

もっとも、中国当局が重点的にてこ入れをする分野は不動産市場と見られます。LPRの利下げ幅を見ても、貸出金利全般の1年物の下げ幅は0.05%とした一方で、住宅ローンの基準となる5年物は0.15%引き下げています。住宅市場を下支えする意向が浮き彫りとなっています。なお、住宅市場の安定化に向けたより直接的な政策として特別融資プログラムの概要が公表されました。中国では建設工事が止まった未完成住宅の購入者が、住宅ローンの返済を拒否する動きが社会問題化しています。特別融資は建設中の住宅が買い手に確実に引き渡されることを支援するプログラムで政策銀行が提供する模様です。

中国では不動産市場へのてこ入れ策として過去において担保付き補完貸出(PSL)が利用されました。PSLの実態はバラマキ政策で、不動産市場を不安定にした経緯があります。もっとも、特別融資の規模はPSLの規模が一時3.5兆元超まで拡大したのに比べれば小規模で、対象も引き渡しが困難になっているプロジェクトにのみ限定されるなど、安定性を目指す方針にも配慮しているようです。ただ、住宅ローン支払い拒否問題は、中国の不動産市場が新築住宅の大半が完成前に販売され、全額を前払いしなければならない仕組みに問題があるようです。不動産開発業者の資金調達の半分以上が事前販売代金を流用し、銀行融資は小規模に留まっています。特別融資はこのような根本的な問題を解消するのか疑問です。

中国当局は利下げによる融資拡大や住宅市場のてこ入れに踏み込みましたが、預金準備率引き下げは温存しているうえ、景気減速の原因であるゼロコロナ政策は廃止していません。中国の景気回復は当面緩やかに留まりそうです。



梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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