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米国債務上限問題、基本合意と今後
梅澤 利文
2023/05/29

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概要

米国の債務上限問題は法案の議会通過という関門は残るものの、法定上限引き上げで基本合意に達しました。ようやくゴールは見えてきましたが、対立のコストは小さくないと思われます。債務上限に目を奪われていましたが、米国経済指標はインフレの根強さを示唆しており、債務上限が解決したとしても、次の問題としてインフレ動向に再び目を向ける必要がありそうです。




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債務上限問題でバイデン大統領とマッカーシー下院議長、基本合意

バイデン米大統領と米連邦議会のマッカーシー下院議長は2023年5月27日、米政府債務の法定上限を引き上げることで基本合意しました。合意案の内容は、報道では社会保障を除く「裁量的支出」について今後2年間の歳出を抑制するのと引き換えに、25年までの時限措置として現行の上限である31.4兆ドルを上回る債務残高を認めると伝えられています。マッカーシー氏は31日に議会で採決すると表明しており、議会通過の必要性は残るものの、市場で懸念されていた米国債の債務不履行(デフォルト)は回避される公算です。

財務省短期証券(Tビル)利回りは債務上限問題をめぐる懸念から、6月1日前と後の償還日の違いで大幅な格差が見られました(図表1参照)。

債務上限問題が解決しても市場に課題が残る可能性

米国政府の資金繰りが行き詰まる「Xデー」である6月1日(26日の書簡で6月5日に後ずれ)を目前に控え、債務上限問題は基本合意されました。今後法案を議会通過させる必要があり、課題は残されていますが市場に安ど感は見られます。従来のXデー(6月1日)後に償還するTビルの利回りは、Xデー前に償還するTビルの利回りに比べ総じて高くなっていました。もっとも、今回の基本合意前からTビルの利回りは低下していました。米国の信用力を反映するクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)も低下(信用力の回復)しており、状況の改善を織り込み始めていたようです。

いずれにせよXデー前に債務上限引き上げの法案が議会を通過すれば、この問題は解決となる運びです。リスク資産上昇が期待されるところですが、いくつか確認すべき点もあります。

まず、財務省の現金残高は枯渇寸前であり、遅れていた資金調達を進めるため財務省短期証券の発行が見込まれます(図表2参照)。発行規模は1兆ドル(約140兆円)程度が市場では見込まれているようで、これにより一定規模の過剰流動性が吸収されると見られます。債務上限問題というリスクが消えたとしても過剰流動性の吸収には注意が必要です。

次に米国国債格下げも課題として残ります。過去のことながら、11年の債務上限問題の時には、「Xデー」前に債務上限が引き上げられたものの、その数日後に大手格付会社が米国債を格下げしたこともありました。懸念が完全に払しょくされたわけではないでしょう。ただし、主要な格付け会社は今回、米国債の元利払いが行われなかった場合を格下げの条件と示唆しており米国債の格付けが引き下げられる可能性は低いと思われます。なお、格付け会社フィッチ・レーティングスは24日に米国の格付けにネガティブウォッチ(格下げ方向で検討)を付与し、踏み込んだ姿勢となっています。フィッチは政党間の極端な対立などにも懸念は示していますが、やはり格下げの決め手は元利払いで、今後の元利払いが予め定められた通り行われるならば格下げは回避されると思われます。また、米国の財政状況の悪化も格下げの判断材料かもしれませんが、報道通り債務上限引き上げ合意の条件として社会保障を除く「裁量的支出」が今後2年間抑制されることなどが含まれるなら、格下げを思いとどまらせる方向に働くと思われます。

米国経済指標は、6月据え置き開始のシナリオに変更を迫っている

5月の米連邦公開市場委員会(FOMC)が終わっ頃から債務上限問題に対する関心が高まったように思われます。ただし、背後で気になる経済指標もあります。例えば4月の個人消費支出(PCE)価格指数は前年同月比で4.4%上昇と、市場予想、前月を上回りました。エネルギーなど変動項目を除いたコアPCE価格指数も4月は4.7%上昇と、市場予想、前月を上回りました。インフレが根強いことが示されています(図表3参照)。また、新規失業保険申請件数も22万件台で推移しており、インフレ率の低下を期待させるには想定しづらい件数となっています。

このような経済指標を受け、市場が従来想定していた6月のFOMCで据え置き、年内利下げ開始シナリオは色あせ、6月か7月に利上げ、年内利上げ見送りに市場の予想は移りつつあるようです。債務上限問題に関心が移りがちですが、基本は経済指標に目配せすることであると思われます。

なお、筆者の個人的な見解ながら米国のように与野党が債務上限の適性をめぐり議論をする仕組みそのものは悪いことではないと思います。今回に限らずですが、与野党の対立激化がデフォルトを人質として意地の張り合いをする運営方法は改める必要があると見ています。対立により引き起こされるコストがあまりに大きいからです。しかしながら、仕組みそのものは残すべきと思います。債務上限に対する有効な歯止めがない方が、はるかに不健全であると思われます。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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