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インドネシア大統領選挙、投票前のまとめ
梅澤 利文
2024/01/22

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概要

インドネシアの大統領選挙まで3週間少々となりました。主要3候補で争われる今回の選挙の争点はジョコ路線の継承です。候補者のうちプラボウォ国防相とガンジャル前中部ジャワ州知事はジョコ路線を引き継ぐ一方で、アニス前ジャカルタ特別州知事はジョコ路線の批判票を取り込む戦略です。世論調査ではプラボウォ国防相がリードしていますが、選挙のことゆえ、最後まで見守る必要がありそうです。




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インドネシア大統領選挙、プラボウォ国防相が支持率でリードする展開

インドネシアでは24年2月14日に大統領選挙の第1回投票と、国民議会選挙の実施が予定されています。大統領選挙の主要3候補は、プラボウォ国防相、アニス前ジャカルタ特別州知事、ガンジャル前中部ジャワ州知事です(図表1参照)。世論調査では23年10月の選挙戦届け出締め切りから足元まで、プラボウォ国防相がリードしています。一方で、アニス候補とガンジャル候補が接戦で2位と3位を争う展開です。なお、最近の世論調査でも約76%と高い支持率を維持する現職のジョコ・ウィドド大統領は憲法の規定(3選禁止)で今年の大統領選挙に出馬できません。

インドネシアの大統領選挙では第1回投票で得票率が過半数の候補がいなかった場合、6月26日に決選投票が実施される予定です。

ジョコ路線を引き継ぐ候補と、批判票を取り込む候補

主要3候補の支持率の動向を見ると、図表1にあるようにプラボウォ国防相が支持率でリードしています。しかし、同調査の前回(23年11月~12月)におけるプラボウォ国防相の支持率は同じ45.8%であったことから高止まりとも見られます。選挙戦をリードしているのはプラボウォ国防相ですが、1回で決めるには票の上積みが求められます。

2位のアニス候補は前回が22.8%であったことから、小幅ながら支持を増やしています。一方でガンジャル候補は前回の支持率が25.6%で、足元では23.0%と支持率をやや落としています。なお、同調査で態度未定の回答は6%未満と浮動票の余地は小さく、決選投票の可能性もあります。

今回のインドネシア大統領選挙で勝敗を左右する1つの要因と見られるのがジョコ路線の継続です。選挙戦でジョコ路線の継続を訴えるのはプラボウォ候補と、ガンジャル候補です。対照的なのがアニス氏で、ジョコ政権の批判票を取り込む戦略を展開しています。また、副大統領候補にイスラム教徒を支持基盤とする国民覚醒党(PKB)党首のムハイミン氏を擁立するなど宗教勢力の支持を基盤とする戦略をとっています。

ジョコ大統領の代表的な政策の1つが首都移転です。インドネシア当局は独立記念日にあたる24年の8月17日からカリマンタン島の東部へ首都の移転を順次開始する予定です。このプロジェクトに対し、ジョコ路線継続を訴える2氏は当然首都移転を支持しています。一方、ジョコ路線に批判的なアニス候補は23年12月に開催された候補者による第1回討論会で首都移転の見直しを表明しました。

同じジョコ路線を掲げるプラボウォ候補と、ガンジャル候補ですが、支持率はプラボウォ候補が明らかにリードしています。プラボウォ候補とガンジャル候補はともに首都移転を支持するなど政策は似ています。プラボウォ候補はインドネシアが実施しているニッケル(埋蔵量は世界一ともいわれる)を禁輸するなど、資源輸出の制限を明確に支持し、国内産業の育成を主張していますが、ガンジャル候補は同様の政策を支持するものの、支持率は伸び悩んでいます。

その背景として、プラボウォ候補が副大統領候補としてジョコ大統領の長男であるギブラン氏を擁立している点が挙げられます。プラボウォ候補は14年と19年の大統領選でジョコ大統領と戦い敗れた、いわばライバルです。もっとも、その後、ジョコ氏に請われて国防相に就き、関係を改善してきました。そのうえジョコ大統領の長男を擁立することで、ジョコ路線の継承を明確にしました。

なお、ジョコ大統領はこれまで誰を支持するのか明確にしませんでした。しかし現地の報道などでは、ジョコ大統領は長男を擁立するプラボウォ候補を支持する立場を明らかにしつつあります。ジョコ大統領が、それまでの中立からプラボウォ候補への支持を明らかにし始めたのは比較的最近で、この動きが世論調査に反映されているのか判断できませんが、影響は小さくないかもしれません。

高い人気を誇るジョコ大統領の路線を受け継ぐのも簡単ではない

人気が高いジョコ大統領の特色を簡単に説明するのは難しいですが、1つには優れたバランス感覚ではないかと思います。また、庶民派として親しまれていることも人気の背景です。過去のインドネシアの大統領が高級官僚や軍人など特定の機関の出身者であったことに比べ、庶民派のジョコ大統領は、出身の特定勢力に依存せず、各勢力と微妙な距離を保ったことが強さの背景でしょう。インドネシアの初代スカルノ大統領は、「建国の父」と呼ばれ、今でも一定の人気があります。一方、スカルノ氏の後を受けた2代目のスハルト大統領は「開発の父」としてアジア通貨危機以前のインドネシアの開発をリードしてきました。

スカルノとスハルトの両氏はすでに亡くなっていますが、この両者の影がインドネシアの政治に影響力を残しています。例えば、闘争民主党のメガワティ党首はスカルノ初代大統領の長女で、闘争民主党からすれば1党員に過ぎないジョコ大統領に圧力をかけることもありました。ジョコ大統領はこのような様々な勢力から微妙な距離を保ち、政策運営をしてきたとことが強みであったと思われます。

ジョコ政権が発足した14年から足元までのインドネシアの経済成長率を見ると、コロナ禍の時期を除けば概ね5%前後の成長を維持しています。インフレ率も就任当初上昇する時期もありましたが、こちらもコロナ禍を除けば落ち着いた推移となっています。経済運営の実績に不満は少なく、ジョコ路線を継続する戦略は政治的に受け入れられそうです。

ジョコ大統領の長男を副大統領候補とするプラボウォ候補は選挙戦を優位に進めていますが、縁故主義という批判があります。また、プラボウォ候補は闘争民主党のメガワティ党首の意向を受けるガンジャル氏の対立候補として選挙を戦うわけですから、闘争民主党からの抵抗も根強いと思われます。対立の構図が残る中、選挙の行方を占うのは困難です。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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