Article Title
メキシコペソの四苦八苦
梅澤 利文
2024/11/20

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

メキシコペソは6月頃からペソ安傾向にあります。この期間のペソ安の主な要因は、①6月2日の大統領選と、同時に実施された議会上下院選で与党連合が改憲可能な勢力を確保したこと、②財政不安、③利下げ、④トランプ次期大統領の政策への懸念、などがあげられます。①と②、および④を懸念して、格付け会社はメキシコの信用格付けにも懸念を示し始めており、今後の展開に注視が必要です。




Article Body Text

メキシコ中銀は市場予想通り政策金利を引き下げた

メキシコ銀行(中央銀行)は11月14日に金融政策決定会合を開催し、市場予想通り政策金利を10.50%から0.25%引き下げて10.25%にすることを発表しました(図表1参照)。決定は全会一致(前回は4対1)でした。メキシコ中銀の利下げは3会合連続です。

米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは14日、メキシコの信用格付け見通しをこれまでの「安定的」から「ネガティブ(弱含み)」に引き下げ、中長期的な格下げの可能性を示唆しました。長期債格付け(自国通貨建て、外貨建て共に)についてはBaa2(BBBに相当)に据え置いています。メキシコの格付けはジャンク級(投機的格付け、BB+以下)を2段階上回っています。

メキシコペソをめぐる悪材料が目白押しでペソ安傾向だった

メキシコペソは6月頃からペソ安傾向にあります。この期間のペソ安の主な要因は、①6月2日の大統領選で与党の左派MORENAのシェインバウム大統領が勝利したことに加え、同時に実施された議会上下院選で与党連合が改憲可能な勢力を確保したこと、②財政不安、③利下げ、④トランプ次期大統領の政策への懸念、などがあげられます。さらに⑤格下げ懸念が新たに加わる恐れもあります。また、8月頃にはキャリー取引(調達コストの安い通貨を売り、高金利通貨を購入)の解消とみられる取引で急激なペソ安が見られました。

ペソ安の背景を格付け会社の信用見通しの引き下げ理由などを参考に整理します。なお、信用見通しの引き下げは、見通しを引き下げただけで、格付けは維持されています。ただし、将来、格付けが引き下げられる可能性は示唆されました。メキシコの格付けはジャンク級まで2段階であり、さらなる格下げは、ジャンク債の保有を嫌う投資家の売りにより、ペソ安を加速させる恐れもあることから、⑤に新たな要因として加えました。

メキシコについて格付け会社も、そして市場も懸念するのは①の左派政権が改憲可能な勢力を確保したことで、②の財政政策はその結果とみられます。そ①の経緯を簡単に振り返ると、6月の大統領選挙でロペス=オブラドール政権路線を踏襲するシェインバウム大統領誕生は市場も予想通りでしたが、想定外だったのは議会上下院で与党連合が司法を含む憲法改正に必要な議席(3分の2以上)を確保したことです。ロペス=オブラドール氏が示した司法や年金制度の改革には憲法改正が求められます。メキシコの議会構成が憲法改正に必要な議席を持たなかった時は、憲法改正の必要性が過度なバラマキ政策などのブレーキ役でした。しかし、制度上のブレーキ役は外され、間接的ながら市場動向や格付けなどが、辛うじてその役割を果たしているようにもみられます。

しかし、9月には司法制度改革法案がメキシコ上下両院を通過し、最高裁判所を含む判事の選出方法が変更されるなど、今後の司法運営に懸念が残る決定がなされています。格付け会社は憲法改正が司法だけでなくメキシコ経済にも下押し圧力がかかることを懸念しています。

これらを背景に、②のメキシコの財政悪化も懸念されますが、この試金石として注目されていた25年度予算が先週議会に送られました。財政赤字縮小が盛り込まれるなど、市場の反応を意識した、「意外」な内容で、小幅ながらペソ高の反応となりました。注目の財政赤字対GDP(国内総生産)比率は24年度の5.9%から、25年度は3.9%を見込み、大幅な赤字縮小(改善)が期待される数字となっています。メキシコ財務省はムーディーズの引き下げ判断には25年度予算案などが反映していないと不満を述べていたと報道されています。

しかし、予算案の内容を見ると気になる点もあります。それは、25年度予算案の前提の為替や成長率の前提が楽観的なことです。25年のペソは1ドル=18.5ペソを想定していますが、足元20ペソ近辺からのペソ高を見込んでいます。また、2%~3%とする経済成長率見通しも楽観的と思われます。市場調査では25年の成長率予想が約1.2%だからです。なお、懸案の国営石油会社の債務への支出は72億ドルと概ね妥当な数字とみています。

メキシコ中銀はペソ安と景気回復に配慮した政策運営となりそうだ

③の利下げを経済指標とともに確認すると、メキシコの10月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比4.76%上昇と、9月の4.58%上昇を上回りました(図表2参照)。メキシコ中銀のインフレ目標(中心値3%)を上回っています。そのうえ、メキシコ中銀は10-12月期のインフレ見通しを前回から引き上げ、今後について物価の上方リスクを懸念しています。それでも利下げを選択するのは実質GDP成長率が1%台と伸び悩む中、景気引き締め的な政策金利を押し下げることを優先しているとみられます。メキシコ中銀は今回の声明で為替市場(ペソ安)への警戒心を表明しています。ペソ安に注意しながらの緩やかな利下げ継続が当面想定されます。

④のトランプ次期大統領の政策もペソ安要因とみられますが、16年の大統領選挙後の大幅なペソ安と異なり、今回は大統領当選決定後のペソ安は小幅にとどまりました。選挙戦の中で、トランプリスクはある程度織り込まれていたのかもしれません。メキシコの貿易を支えたUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の26年の見直しや移民政策の強化など政策が姿を現すのは就任後のことで、今は「まな板の上のコイ」なのかもしれません。

メキシコは生産地としてニアショアリングの恩恵や高金利などペソ高要因で上昇に転じる要因も多くありますが、しばらく「待ち」の姿勢がよさそうです。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


FOMC:市場予想通りの利下げながら全体にタカ派

ECB:声明文はハト派ながら会見はタカ派も匂わす

11月の米CPI、市場予想通りの裏側にある注意点

11月の米雇用統計、労働市場の正常化を示唆

米求人件数とADP雇用報告にみる労働市場の現状

韓国「非常戒厳」宣言と市場の反応