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相互関税がもたらした、株式、通貨、債券安の顛末
梅澤 利文
2025/04/14

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概要

ボストン連銀のコリンズ総裁は、金融市場が混乱した場合にFRBが金融安定化に対応できると述べたが、それを市場は好感した。またトランプ大統領は相互関税から一部製品を除外することも表明し、株式市場は前向きにとらえている。しかし、通貨や債券市場には不確実性が残り、米国債利回りは依然高水準だ。市場のストレスが拡大している可能性も懸念され、FRBは利下げ以外の政策でも対応をする構えだ。




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FRB高官が金融安定化への対処の可能性を示唆、株式市場はこれを好感

ボストン連銀のコリンズ総裁は先週末、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)とのインタビュー記事で、金融市場が混乱した場合に、米連邦準備制度理事会(FRB)は金融安定化のために「確実に対処する準備ができる」と指摘した。

トランプ政権の関税策による混乱を受け、米国市場では株安、ドル安に加えて米国債安(利回りは上昇)が見られた(図表1参照)。しかし、コリンズ総裁に加え、複数のFRB高官が先週後半、金融市場は「まだ大きな混乱はみられない」との見方を示した。このような発言は投資家の安心感につながった面もあったようだが、米国債利回りは週明け後も、依然4.5%近辺で推移している。

トランプ大統領はスマホなどへの関税適用の一時見送りを示唆

トランプ大統領が4月2日に発表した「相互関税」を受け市場は大混乱に陥った。しかし、世界的な株式市場の下落に続き米国債まで下落したことを警戒してか、9日には中国など報復関税をした国を除き、相互関税(追加部分)の適用を90日間停止すると発表した。また、この週末(11日)には相互関税などの対象からスマートフォンやパソコンといった電子機器を除外することを発表した。

週明けの東京株式市場は米国株式市場が上昇した流れを好感して上昇している。米株式市場は週明けも株式先物が東京時間では上昇傾向を維持している。トランプ大統領は今回の一部電子機器の関税措置から除外するのは一時的と述べるなど不確実性は残るが、市場は関税緩和を好材料と受け止めているようだ。

為替は週明けも円高・ドル安傾向が続いている。14日の東京時間でドル指数は100を下回り、昨年夏に米景気後退懸念で記録したドル指数の安値を下回った。

なお、円高・ドル安については、赤沢経済再生担当相が今週にもベッセント米財務長官と対米関税協議を行う予定で、為替(円安)が議論される可能性もあることが円高バイアスを形成している可能性もあろう。

関税の影響は、米国債の下落(利回りは上昇)にまで及んだ

米10年国債利回りは先週末に4.5%近辺で取引を終えた。図表1にあるように、ドル指数と米金利はこれまで概ね連動していたが、足元ではドル安と、債券安(利回りは上昇)という逆の動きがみられた。安全資産とみられる米国債まで売られたことにトランプ政権、とりわけ市場に精通するベッセント財務長官が危機感を強めたと考えられる。

米10年国債利回りは相互関税発表後の4日には短期的ながら4%を下回る局面もあったが、1週間ほどで概ね0.5%前後も急上昇した。この急上昇の理由は関税の混乱といえばそれまでだが、もう少し中身を掘り下げよう。

まず、「将来の金融政策への見通しの変化」、より直接的には過度な利下げ期待の後退が挙げられる。先物市場などで観察される市場の利下げ期待は相互関税発表後の市場混乱時に急速に進行し、年内4~5回程度が織り込まれたようだ(図表2参照)。市場コメントの中には臨時の米連邦公開市場委員会(FOMC)開催を見込む声まで見られた。しかし、FRBのパウエル議長の4日の講演から先週末の複数のFRB高官の発言まで一貫しているのは関税が原因の混乱に最初から利下げのみで対応する考えではないようだ。関税は景気の下押しとともにインフレを押し上げる懸念があるからだ。ニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁は11日の講演で関税や移民政策により25年の成長率は恐らく1%を下回り、インフレ率は3.5%~4%前後まで上昇する可能性を指摘した。

筆者も、FRBは景気が悪化する前に追加利下げを実施すると見込むが、インフレ動向を見極めてからの利下げとなる公算が高い。相互関税直後の過度な利下げ観測は修正を迫られたが、これが米国債利回り押し上げ要因の一部だろう。

米国債利回り上昇の残りの部分は「タームプレミアム」で言葉としては説明される。その内容を特定するのは難しいが、候補の1つは需給懸念だろう。その中には中国当局による米国債売却懸念も含まれそうだ。売却が本当なのかも含め、筆者はどの程度深刻なのか現時点で把握できていない。

財政悪化懸念も根強い。10日には法案の策定に必要な26年度予算決議案が下院で成立(上院は4日に成立)した。法案化を前に対立は残るが、減税規模は10年間で最大5.3兆ドルと見られ2月の議会予算局(CBO)の試算による4兆ドル規模から拡大している。その分、関税などでの資金調達を拡大させるのだろうか?歳出削減2兆ドルも目途はたっておらず、資金繰りは苦しそうだ。

次に、短期的な懸念として市場のストレスが国債売りとなった可能性を指摘する声もある。現物国債を買って国債先物を売るポジションの解消などだ。ただ、先物の建玉などを見ると、このような取引は比較的落ち着いているようだ、一方、スワップ・レートと国債レートの差である「スワップスプレッド」がマイナス方向に拡大しているのは気がかりだ。スワップスプレッドは仲介者の銀行(場合によってはヘッジファンド等)のポジションにより、狭い範囲に収まるのが通常だ。スワップスプレッドの拡大は、流動性不足などにより仲介機能が低下している可能性も考えられる。FRB高官が指摘する金融安定性への対応は、このような状況への対応も含むと考えられ、当初の対応としては利下げとは別の政策ツールが活用されるのではないだろうか。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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