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NY連銀、自然利子率の推定値公表を再開
梅澤 利文
2023/05/22

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概要

スウェーデンの経済学者により提唱された自然利子率は金融政策などの緩和、引き締めの目安と考えられています。その推定は複雑ですが、NY連銀の推定値は一つのメルクマールとなっていました。もっともコロナ禍で公表を停止したため、再開が待たれていました。しかしNY連銀は自然利子率(Rスターと呼ばれることが多いが自然利子率に統一)の公表を再開することを発表しました。



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  NY連銀、自然利子率の公表を再開、コロナ禍で反転は見られないと説明

ニューヨーク(NY)連銀のウィリアムズ総裁は2023年5月19日、ワシントンで開かれた米連邦準備制度理事会(FRB)関連の会合で講演しました。同総裁は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行、コロナ禍)でそれまでの超低金利時代に終止符が打たれたという証拠はないと述べました。

同総裁は自然利子率(Rスター:経済、物価に対して引き締め的にも緩和的にも作用しない中立的な実質金利の水準のこと)が19年の水準に戻ったと指摘しました(図表1参照)。なお、NY連銀はコロナ禍に自然利子率の推定値の公表を停止しましたが、19日に公表の再開を明らかにしました。

コロナ禍で自然利子率の推定は困難となったが、状況は落ち着いた

NY連銀は、市場などで観察できない自然利子率の推定値を公表していましたが、コロナ禍で推定が困難となり、20年11月30日に公表の停止をアナウンスしました。NY連銀は自然利子率の推定モデルとして2つのモデルの結果(LW:Laubach-WilliamsとHLW:Holston-Laubach-Williams)を以前は公表していました。公表再開により現在は22年10-12月分まで更新され、23年1-3月期分も近く公表される予定です。

ウィリアムズ総裁の講演のポイントを述べると、まず、公表を停止した理由として推定の前提としていた各経済指標の分布や外部ショックに対する無相関がコロナ禍で崩れたためと説明しています。

例えば、実際のGDP(国内総生産)と平均的な供給力を示す潜在GDPとの乖離を示す需給ギャップはコロナ禍に急激に変動し(図表2参照)、自然利子率の推定は困難になったと説明しています。一方で、先に述べたモデルに対しコロナ禍における変動を調整し自然利子率の推定値が算出できるよう工夫を重ねています。

コロナの影響を調整したモデルと、19年以前の変数(パラメータ)などを利用するモデルとではコロナ禍においては自然利子率の推定値に大きな違いはありましたが、足元ではその差はほぼ解消し、安定化してきたことも、自然利子率の公表を再開する背景と見られます。

目先の金融政策ではなく、インフレ対応後の展開を示唆する可能性

公表再開により今後想定される主なポイントを整理します。

コロナ禍の前後で自然利子率の水準に大きな変化はないとみられる点です(禍中は除く)。自然利子率は図表1にあるように長期的に低下傾向でしたが、コロナ禍後の自然利子率は上昇するとの論者もいます。例えばサマーズ元米財務長官は足元の自然利子率は1.5~2%程度とNY連銀より高めの水準を推定しています。

自然利子率は期待インフレ率で調整すれば、政策金利の緩和と引き締めの境目の目安とも考えられます。サマーズ氏の見方によれば、長期的に高い金利が想定されます。

もっとも、サマーズ氏と共に米国労働市場の強さなどを指摘し共同歩調をとることが多かった元国際通貨基金(IMF)チーフエコノミストのオリビエ・ブランシャール氏はサマーズ氏と異なる見解を示し、自然利子率の低下の可能性を指摘しています。NY連銀の自然利子率の公表再開を契機に今後の議論の展開に注目しています。

次に、ウィリアムズ総裁は23年以降の自然利子率の動向にある程度言及しています。それによると、今後も低下方向を見込んでいる模様です。もっとも、この点は今後の公表を待つ必要があると思われます。

なお、注意したいのは、ウィリアムズ総裁は自然利子率が低い時代に終止符が打たれたという証拠はないと述べたに過ぎず、金融政策の見通しについて直接のコメントは回避しています。この点について、筆者も、次回6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げがある、ないといった問題に自然利子率は直接的な影響は与えないと考えています。当面のインフレ対応では期待インフレ率がコントロールされるかが、より重要であるとみられるからです。実際、ウィリアムズ総裁は5月月初の講演で、6月FOMCでの利上げは今後の経済次第、一方で年内利上げについては否定的な考えを示しました。インフレ対応についてはまだ、やるべきことが残っていることを示唆しています。ただし、筆者は自然利子率の動向はFRBがインフレ対応を終えた後の展開を想定するうえで、一つの目安となるのではないかと考えており、今後の注目点一つと見ています。


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梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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