Article Title
日銀、YCC修正の意味と今後の注目点
梅澤 利文
2023/07/31

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

日銀は7月28日にイールドカーブ・コントロール(YCC)の修正を発表し、長期金利(10年国債利回り)の目途を0.5%から、事実上1%に拡大しました。変更水準は市場実勢を重視しつつ、市場投機などにより経済実勢から外れたペースで変動した場合は日銀が対応する可能性も示唆しました。YCCによる長期金利水準の厳格なコントロールからの脱却は今後のオペ次第となりそうです。



Article Body Text

日銀は長期金利の上限を修正、事実上は1%が上限に

[以下「」内は日銀が2023年7月28日発表した「当面の金融政策運営について」の一部抜粋(下線は筆者)です。

「日本銀行は、本日の政策委員会・金融政策決定会合において、長短金利操作の運用を柔軟化することを決定した。わが国の物価情勢を展望すると、賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っておらず、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、粘り強く金融緩和を継続する必要がある。そうした中、経済・物価を巡る不確実性がきわめて高いことに鑑みると、長短金利操作の運用を柔軟化し、上下双方向のリスクに機動的に対応していくことで、この枠組みによる金融緩和の持続性を高めることが適当である。」

これを受け「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の運用について、10年物国債金利がゼロ%程度で推移する、という部分は従来の方針を維持しつつ、長短金利操作の運用について長期金利の変動幅は「±0.5%程度」を目途とし、長短金利操作について、より柔軟に運用する。10 年物国債金利について 1.0%の利回りでの指値オペを、明らかに応札が見込まれない場合を除き、毎営業日、実施する」と運用を柔軟化しました。

YCCの基本を維持し、緩和の持続性を高める一方で市場実勢も重視

引用が長くなりましたが、これに日銀の植田総裁の会見を重ねると、今回の日銀の主要なメッセージは市場重視の方針に踏み出したことととらえています。日銀の今後の運営次第ですが、仮に長期金利の価格形成が徐々に市場実勢を反映したものとなるならば、今回の日銀の決定は将来のYCC撤廃の道しるべとなる可能性も考えられます。

今回のYCC修正では、長期金利の変動幅は「±0.5%程度」を目途としつつ、その外側に1%の事実上の上限を設定したもので、構造はわかりにくく、それを理由にいくらでも批判はできそうです。

しかし植田総裁が会見で説明した2つの点に目当たらしさが感じられます。1点目は1%の上限を「念のため」と説明したことです。2点目は物価の不確実性が極めて高いとした点です(図表1参照)。

まず、1%の上限を「念のため」と説明したのは、裏を返せば、長期金利のフェアバリュー(YCCがない場合の利回りの目安)をおそらく0.6%程度と見込んでいたものと思われます。28日以前のスワップ市場での実勢レートや、市場のコンセンサスなどからその程度がイメージされ、YCC修正前の長期金利が0.1%強上昇する程度とみられます。厳格に0.5%に抑えていたこれまでのやり方とはやはり異なる運営となることが見込まれます。

もっとも、投機の動きで経済ファンダメンタルズなどから乖離した長期金利上昇ががあると判断した場合はオペでスピード調整をする意向も示していました。しかし、何が投機の動きであるかを判断するのは容易ではなく、運営次第ではこれまでと変わらないという失望を誘う不安は残ります。

次に、物価の不確実性はきわめて高いことがYCC修正の一つの要因となったようです。物価の不確実性を図表1の経済・物価情勢の展望(展望レポート)で確認すると、コアCPIの中央値は24年度は下方修正、25年度は前回と変わりません。しかし共に下限は同水準ながら上限は拡大し、見通しが上方修正に傾いており不確実性がうかがえます。植田総裁はオーストラリア中央銀行がYCCに相当する政策の出口戦略に苦労した点を強調し、期待インフレ率が高まったところでYCC撤廃に追い込まれる(長期金利の急上昇)リスクを指摘しています。このようなリスクを事前に回避する対応をとった点は(厳格なYCC運営と異なり)、市場重視を反映した、これまでにない動きです。

YCC修正、将来のマイナス金利脱却時期も物価動向が影響か?

日本の物価動向がYCC修正を導いた可能性があることから、コア消費者物価指数(除く生鮮食品、CPI)を確認します。展望レポートでは物価はプラス幅を縮小したあと、賃金・価格設定行動などの変化を伴う形で、再びプラス幅を拡大すると見込まれています。原材料価格等を反映する企業物価指数(PPI)はCPIに先行して低下傾向となっています(図表2参照)。インフレ率であるCPIも低下は見込まれますが、年後半の食料品の値上げ予定や賃金動向などから、CPIは思ったほど下がらないといった観測も市場から聞かれます。日本の債券市場が落ち着いていたこのタイミングに、将来の思わぬ物価上昇で困らぬように先手を打ったことがYCC修正の背景とみられます。

日銀の物価見通しは、金融政策としてより重要なマイナス金利からの脱却時期に影響を与えそうです。展望レポートでは物価が下がった後、上がるイメージですが、25年度の物価は1.6%で目標の2%を下回り、前回と同水準です。24年度の中央値は下方修正されている一方で、上限と下限の幅は広がっていることから、内部で意見が割れていることが想定されます。植田総裁もことあるごとに、物価がいくぶん上昇すると予想しているが確信は持てないなど、物価目標達成に距離があることを繰り返しています。YCCが修正された今回もスタンスは変わらないことから、YCC修正と利上げは別物と考えたほうがよさそうです。

YCCの修正で植田総裁が説明した市場重視の姿勢はイメージできたものの、現実の問題はオペの加減で変わりうることから、実際のオペの内容が浸透するまで市場の変動が想定されます。

一方、政策金利については、物価見通しに左右されるため、変化はまだ先と思われます。


関連記事


日銀植田総裁は想定よりハト派だった

スイス中銀はマイナス金利へと向かうのか?

米短期金融市場とQTの今後を見据えた論点整理


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら