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- 米国が抱えるリスクは「金融危機」ではない
ドナルド・トランプ大統領による関税政策は、連邦議会の議論を経ておらず、予見可能性が極めて低い。今後、米国景気に深刻な影響が及ぶリスクは否定できず、市場では金融危機への懸念も台頭しているようだ。しかし、金融危機が起こるのは、与信が肥大化している場合だろう。現下の状況を見ると、金融システムは健全であり、むしろそれがスタグフレーションの温床になりそうだ。
■ 注視すべきは住宅ローン
ニューヨーク連銀によれば、クレジットカードの与信に関する90日以上の延滞率は、昨年10-12月期、11.35%になった(図表1)。リーマンショックの影響が残っていた2011年12月末以来の高水準である。2022年9月末は7.59%であり、その後、FRBによる利上げの影響が顕在化した模様だ。一方、住宅ローンの延滞率は0.70%に止まった。
リーマンショックは、FRBの金融緩和下における低所得者向けサブプライムローン(SPL)の急拡大が背景だ。金利が上昇すると住宅バブルが崩壊、大量のデフォルトが発生し、SPLを組み入れていた派生商品の価格が算定不能の状況に陥ったのである。その結果、多くの金融機関が経営危機に追い込まれた。2010年3月末には、住宅ローンの延滞率が8.89%へと上昇している。
昨年末におけるクレジットカードの与信額は、個人向け融資残高の6.7%だった(図表2)。住宅ローンは69.9%であり、延滞やデフォルトによる金融システムへの影響は全く異なるだろう。
今回、FRBによる急速な利上げ下でも住宅ローンの延滞率が低水準なのは、二つの理由があるのではないか。一つ目は、与信管理の厳格化だ。住宅バブルの最盛期であった2007年3月末、フェア・アイザック・コーポレーションの提供するリスクスコア(FICO)で620点未満の借り手への融資残高は、住宅ローン全体の15.2%に達していた。昨年12月末は3.9%に止まっており、リーマンショック後の審査の変化が如実に示されている。
二つ目の理由は、深刻な人手不足で住宅建設コストが急騰、ホームエクイティの時価が上昇したことだ(図表3)。リーマンショック期には、ホームエクイティの時価が家計の債務額を下回り、米国の家計は実質的な債務超過に陥った。その結果、与信がさらに絞り込まれ、GDPの約7割を占める個人消費の落ち込みが危機を加速させたのである。
トランプ政権による関税政策は、インフレによる家計の負担増を招き、それに見合う賃金の上昇は期待できない。従って、米国景気が後退局面に入る可能性は高まった。ただし、住宅市況と住宅ローンの状況を見る限り、それが家計への与信に影響が大きく波及することで、危機に至る消費の失速を招くとは今のところ考え難い。
■ 銀行のB/Sが示す次のリスク
トランプ関税に関する市場の懸念は、ドル離れの要因となっている模様だ。新型コロナ禍以降、ドルインデックスは米国の長期金利に連動する傾向を示してきた(図表4)。しかし、4月2日に相互関税の内容が発表されて以降、10年国債の利回りが上昇したにも関わらず、ドルは下落している。
市場金利の上昇で懸念されるのは、金融システムへの影響だろう。2023年3月10日、カリフォルニア州を本拠とするシリコンバレーバンク(SVB)が連邦預金公社(FDIC)の管理下となった。新型コロナ禍の下、急増した預金の運用に当り長期国債への投資を拡大、2022年3月からのFRBの利上げで巨額の含み損を抱え、預金者の預金引き出しに対応できなくなったことが理由である。
有価証券投資の評価損益を米銀全体で見た場合、2021年9月末は23億ドルの評価益だったものの、2023年9月には6,839億ドルの評価損になった。SVBの他、2023年3月12日にはニューヨーク州のシグネチャー・バンク、4月26日にはカリフォルニア州のファースト・リパブリック・バンクが取り付けに対応できず破綻に追い込まれている。欧州でも、3月20日にUBSによるクレディ・スイスの救済合併が発表され、2023年春は世界的な金融危機の可能性が懸念された。
しかし、米銀3行はいずれも他行に買収され、公的資金に依存せず、預金は全額保護されたのである。リーマンショックとの大きな違いだ。理由は、マクロベースで見た米銀のバランスシートだろう。
リーマンショック期、FRBがQE1、2、3を通じて大量の資金供給を行った。2014年1月からテーパリング、2017年9月には資産圧縮を開始したものの、2020年春に新型コロナの感染第1波が米国を襲い、FRBは再び歴史的な緩和に追い込まれたのである。その影響は現在も続いており、足下、商業銀行全体の預貸率は69.3%に止まる(図表6)。
一方、ITバブル期やリーマンショック期を振り返ると、米銀の預貸率は100%を超えていた。そうしたなか、何等かのショックで預金の引き出しが加速すると、現金を確保するため、米銀は資産の売却、貸し渋り・貸し剥がしを行わざるを得ず、景気に深刻なダメージが生じたのである。
FRBによれば、4月2日現在、米銀が保有する現金の残高は1兆9,491億ドルだ。これは、預金に対して11.7%に達する。仮に一部の銀行が経営難に陥っても、他の健全行にとっては、2023年同様、規模を拡大するチャンスになるのではないか。
景気後退が危機に至るのは、例外なく金融システムに不安が生じたケースである。1990年台初頭の資産バブル崩壊期、2007~12年のリーマンショックがまさにそれであり、遡れば1929年以降の世界恐慌もそうだった。一方、現在の米国の金融システムは、そうした状況にはないと考えられる。
むしろ、現下の懸念材料は、経済活動に比べ、供給されたマネタリーベースの量が依然として大きいことだ。トランプ政権の関税政策で賃上げなき物価上昇が起こり、長期的な期待インフレ率が高まれば、金融危機ではなく、スタグフレーションが米国経済の大きな問題になるのではないか。
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