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金はなぜ買われているのか?
市川 眞一
2020/04/28

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概要

新型コロナウイルスが世界経済の脅威となるなか、金の価格が堅調だ。代表的な商品市況としては、原油と対照的な動きになっている。一般に金はインフレに強い資産だ。足下、世界経済は失速しつつあり、デフレ的な圧力が強まっている。名目金利の低下は利息のつかない金には追い風だが、現在の経済環境と金の市況は説明の難しい状況と言えるだろう。もっとも、長期的に考えれば、この新型コロナウイルス問題こそが、金が買われる最大の要因なのではないか。FRBをはじめとして主要中央銀行は、信用不安緩和のため大量の流動性を供給している。新型ウイルスが収束し、経済が正常化する過程において、この流動性を摩擦なく回収するのは極めて難しいだろう。バランスが崩れれば、通貨価値の下落、言い換えればインフレを引き起こす可能性は否定できない。また、日米を中心とした財政出動も、国債の大量発行を通じて通貨価値に影響する見込みだ。当面はデフレ圧力が強まっても、長期的にはインフレになる・・・このシナリオが、金への投資を促す強い動機付けになっていると考えられる。



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金には希少性、美しさ、加工の柔軟性、耐久性、ポータビリティ・・・などの特性から、古代より装飾品、貨幣として活用されてきた。また、近代の貨幣制度の下、本源的に価値を持つ通貨として、兌換紙幣の信用力を裏付けたのである。戦後、現代通貨制度、即ち変動相場制に移行、通貨としての特殊な役割は失ったが、引き続きインフレに強い価値貯蔵手段である。

 

 

代表的な商品市況として、金と原油は同じ方向へ動く傾向がある。しかしながら、2018年頃からその連動性が絶たれた状態だ。地上に18万4千トン、五輪プール4杯分しか存在しない金に対し、米国のシェール革命により原油は供給過剰になったことが背景だろう。この希少性、そしてポータビリティは、金が価値貯蔵手段である重要な要因となっている。

 

 

過去100年間に渡り、金は米国において非常に有効なインフレヘッジの手段だった。また、1929年秋に始まった世界恐慌の際には、米国を含む主要国が金本位制を離脱したことで、強烈なデフレ局面だったにも関わらず、金の価格は対ドルで大幅に上昇している。つまり、金は経済・社会の劇的な変化に極めて強い資産と言えるだろう。

 

 

過去100年間、金は円ベースでもインフレヘッジの役割を果たしてきた。特に終戦直後のハイパーインフレ期、金価格は消費者物価を上回るパフォーマンスを示している。さらに、1973~75年の第1次石油危機下で大きく上昇した。その後、物価が安定するなか、20年の長期調整局面が続いたが、2000年代に入り右方上がりのトレンドとなっている。

 

 

新型コロナウイルスの感染拡大、都市封鎖により、米国でも売上の急減に直面する企業は少なくない。FRBは、信用不安・社会不安を抑止するため、企業金融を軸に大量の流動性を供給、足下の市場安定に貢献している。ただし、これだけの流動性を回収するのは極めて難しいだろう。経済が正常化した時、ドルの余剰感から物価上昇圧力になるのではないか。

 

 

FRBのみならず、日銀、ECBも量的緩和を強化せざるを得ない状況にある。これら3大中央銀行の資産規模は、対GDP比で過去最大の規模に膨らんだ。新型ウイルス収束後、各通貨間での実質的な切り下げ競争、そして主要通貨の実体経済に対する切り下げ・・・この両方が起こる可能性は否定できない。そのリスクヘッジとして選好されているのが金なのではないか。

 

 

安倍政権は、公明党の要求を受け入れ、国民1人一律10万円の給付を2020年度補正予算で実施する。さらに、2次補正が検討される可能性が高い上、今年度の税収は当初の見積もりを大きく下回るだろう。新規財源債の発行額は、リーマンショック後の2009年度を遥かに超える額になるのではないか。

 

 

国及び地方債務の対GDP比率は、1990年度に入って趨勢的な上昇を続けてきた。今回の新型コロナウイルスによる経済の失速で、そのペースはさらに加速する見込みだ。当面、日銀が国債を購入、実質的な財政ファイナンスで問題は顕在化しないだろう。しかし、日銀が出口戦略を採る場面では、巨額の公的債務が円や国債の信認に関わる可能性がある。

 

 

新型コロナウイルスによる世界的な経済失速は、当面、明らかにデフレ圧力である。そうしたなか、金が買われているのは、短期的な視点ではなく、長期的な観点から、インフレへのヘッジを意識したものではないか。主要中央銀行が大量の流動性を供給し、各国の財政赤字が急増していることから、通貨価値下落の可能性が強まっているからだ。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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