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「バイデン大統領」と市場
市川 眞一
2020/07/14

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概要

米国では、11月3日の大統領選挙へ向け政治の季節を迎えたが、いつになく盛り上がりに欠けるようだ。もっとも、現職のトランプ大統領は今のところ明らかに苦戦しており、ジョー・バイデン前副大統領が次期大統領に就任する可能性を考える必要があるだろう。バイデン氏は、上院議員を6期務めた民主党の重鎮であり、政治的立場は中道・穏健派だ。また、上院外交委員長を4年務めた経験から外交に明るいと言われ、この点でトランプ大統領とは対照的な政治家である。一方、トランプ大統領との違いを浮き彫りにするだけでなく、民主党の候補者レースの過程で、撤退したエリザベス・ウォレン、バーニー・サンダース両上院議員などの支持層にアピールするため、経済政策をリベラル側に大きく傾けた。社会保障や教育の充実など「大きな政府」の財源は、富裕層、企業への増税で賄うとしている。また、副大統領候補もリベラル系の女性が指名される可能性が強い。8月上旬と見られる副大統領候補、包括的な政策の発表は、市場のセンチメントに大きく影響する可能性があろう。



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今週のポイントは、第1に大統領選挙本選まで4ヶ月を切るなか、現状を改めて再確認することだ。その上で、第2に実質的に民主党の候補者となったバイデン氏の人物像、政治的立場、政策が米国や世界経済に与える影響を考える。また、第3として、米国の場合、大統領選挙と景気循環には一定の関係があり、それを含めて大統領選挙をプレビューする。

 

 

米国の大統領選挙は50州とコロンビア特別区(ワシントンDC)に割り振られた538人の選挙人を奪い合う。各州の選挙人の数は、2名の上院議員数と人口比例で決まる下院議員数の合計となる。例えば、カリフォルニアの場合、上院議員数2と下院議員数53を足した55名だ。首都ワシントンDCは連邦議会議員を持たないが、選挙人は3人が割り当てられている。

 

 

50州とコロンビア特別区(ワシントンDC)の51選挙区は、概ね民主党が勝利してきたブルーステート、共和党が強いレッドステートに色分けされる。いずれも選挙人の合計が過半数の270名には達していないため、大統領選挙毎に揺れるスィングステートが勝敗を決める上で重要だ。なお、メーン、ネブラスカ両州を除き、得票首位の候補者がその州の選挙人を総獲りする。

 

 

大統領選挙まで4ヶ月を切るなか、トランプ大統領の支持率が低下、不支持率が上昇している。ミネアポリスでの事件に加え、新型コロナウイルスの感染者が急速に増加するなかで、トランプ大統領が進めた早期の経済活動再開へ批判が強まっているのではないか。40%の岩盤支持層は維持しているものの、再選には不透明感が漂っている。

 

 

世論調査の現状でトランプ大統領にとってより深刻なのは、大統領選挙で勝敗を決すると言われるスィングステートにおいて、軒並みバイデン氏にリードを許していることだろう。また、ノースカロライナやアリゾナなど、本来はレッドステートの州においても、今のところバイデン氏が優位に立っている模様だ。トランプ陣営は、逆転ための何かを検討せざるを得ないのではないか。

 

 

バイデン氏は、上院議員を6期務めた民主党の重鎮であり、外交に強い影響力を持っていた。年齢は77歳で、米国男性の平均寿命(76.0歳)を上回っている。また、歴代の米国大統領ではJ・F・ケネディのみのローマ・カトリック教徒だ。こうしたバイデン氏の特徴は、副大統領候補選びに大きく影響するのではないか。

 

 

民主党内でのバイデン氏の立場は中道・穏健派だが、トランプ大統領との違いを明確にするためか、これまでに発表された政策はリベラル色の強いものになっている。さらに、ウォレン、サンダース両上院議員の支持層を取り込むため、学生ローンの債務免除なども取り入れた。8月上旬には、副大統領候補と共に、最終的な政策案が示される見込みだ。

 

 

3月の時点で、バイデン氏の政策を分析したシンクタンク、タックス・ポリシー・センターは、バイデン氏の大きな政府的政策を実現する財源となる増税額は、2021年度に1,997億ドル、2025年度には4,675億ドルに達すると推計していた。それは、社会保障や教育費として支出されるが、経済へのインパクトはマイナスになる可能性が強い。

 

 

バイデン氏は、富裕層・高額所得者層、企業、キャピタルゲインへの課税を強化するとしている。タックス・ポリシー・センターは、この増税により、勤労者の可処分所得が2021年度に平均3.1%減少するとの試算を示したが、高額所得者の負担は重く、所得上位1%の層は17.0%減る見通しだ。トランプ大統領が行った富裕層への減税の真逆の政策と言える。

 

 

戦後、再選を目指した大統領10名のうち、再選に失敗した3名の場合、大統領選挙の前年、もしくは当年の経済状況は良くなかった。老練な政治家であるバイデン氏が大統領になれば、2021、22年の景気は敢えてテコ入れせず、2023年以降のV字回復を目指す可能性がある。これは、政治経験のないトランプ大統領にはできなかったことだ。

 

 

戦後、1期目の大統領の初の中間選挙では、全議席が改選となる下院において、大統領の与党が議席を伸ばしたことは1回しかない。これは、1期目の大統領が再選を目指す際、後半2年間の景気が重要であることに関連しているのではないか。つまり、前半2年は無理な景気浮揚策を避けるため、厳しい経済状況が与党に不利に働いている可能性がある。

 

 

大統領選挙へ向け、市場には2つのリスクがあるだろう。1つ目は、劣勢にあるトランプ大統領が、挽回策として奇抜な手を打つリスクだ。2つ目は、大きな政府、富裕層・企業への増税を軸とするバイデン氏の政策を市場が意識するケースである。また、バイデン氏が大統領になれば、2021、22年の景気悪化をあえて容認し、思い切った景気対策を見送る可能性があることも念頭に入れておく必要があるのではないか。8月上旬に予定されるバイデン氏の政策と副大統領候補の発表が、市場が「バイデン大統領」のケースを織り込む契機になるのではないか。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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