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高まる原子力へのニーズ
市川 眞一
2024/06/18

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概要

東京株式市場では、電力株が久方ぶりに上昇局面を迎えた。生成AIの基盤となるデータセンターは大量の電力を消費し、EVの普及にも安定したベースロード電源が必要だ。世界的に電力の不足が見込まれるなか、東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、物色の圏外に置かれていた日本の大手電力会社も見直されているのだろう。一方、大手9社の電力料金には大きな違いが生じている。主な要因は原子力発電だ。家庭向け電気料金を比べると、7月は最も安価な九州電力と最も高い北海道電力の間で2,808円の差がついた。九州電力は既に4基の原子炉が稼働、発電コストの低減に大きく貢献している。遅れている沸騰水型炉(BWR)についても、今秋、東北電力女川原発2号機が稼働する見込みであり、それは東京電力柏崎刈羽原発6、7号機の動向にも影響を与えるだろう。欧州で行われたEU議会選挙では、原子力に批判的な緑の党・自由連盟が大きく議席を減らした。国際的にも再エネと原子力のコンビネーションがより重視されるのではないか。



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■ 2030年度へ向け電力需要は減少予想

2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画では、電力需要は2030年度へ向け減少する見通しが示された。このシナリオには懐疑的な見方が少なくなかったものの、原発に関する政府の方針が明確でないなか、2050年までにカーボンニュートラルを実現する上で、電力需要の拡大を前提とした場合、矛盾の小さな計画を作成することが困難だったからだろう。妥協の産物と言えそうだ。



■ 最も保守的な見通しでも年率9%の成長

国際エネルギー機関(IEA)が今年1月に発表したレポートによると、世界のデータセンター向け電力需要は、2026年までの4年間で保守的な見通しでも年率9.0%成長する。高成長シナリオだと2022年に比べ590億TWh増加するが、それは世界第7位の電力需要国である韓国の消費量に匹敵する水準だ。日本がデジタル化で世界に伍して戦うには、十分な電力の供給体制の整備が重要な鍵を握るだろう。



■ 九州電力と北海道電力では2,808円の差

電力価格の上昇が物価を押し上げつつある。従量電灯B、30A契約で月間260kWh使用の場合、東電だと7月請求分は前月比392円の上昇だ。前年同月比では20.9%の値上がりである。国の電力・ガス価格激変緩和対策事業の終了が主な要因だ。また、9電力間の比較では、最も安価な九州電力が7,899円なのに対して、最も高い北海道は1万707円であり、その差は2,808円に達している。



■ 料金の違いは原子力の違い

昨年度の電源構成を見ると、玄海原発3、4号機、川内原発1、2号機が稼働する九州電力は、原子力比率が32.7%に達し、燃料費の嵩む火力の比率を26.4%に抑制した。一方、原発が稼働してない北海道電力は火力が38.7%だ。結果として、九州電力の場合、電気事業収入に占める燃料費率が18.5%に止まったのに対し、北海道電力は23.5%である。原子力が料金格差の主因と言えよう。



■ 軽水炉には2つの炉型 加圧式型(PWR)・沸騰水型(BWR)

日本の原発は基本的に軽水炉だが、その炉型には加圧式型(PWR)、沸騰水型(BWR)の2種類がある。PWRの建設は三菱重工が手掛け、関電の他、北海道、中国、四国、九州各電力が採用してきた。一方、BWRは、メーカーが日立、東芝、発電は東電、東北、中部、北陸の各社が担っている。電力各社の出資で設立された日本原電はPWR、BWR両炉を持ち、電源開発が建設中の大間原発は改良型BWR(ABWR)だ。



■ 再稼働は全て加圧水型(PWR)

東日本大震災による福島第一原発の重大事故を受け、2012年9月、原子力規制委員会が発足した。同委員会の下、2016年2月より原子炉の設置・運転の審査には現行の規制基準が適用されている。これまで、17基がこの規制基準をクリアしたが、稼働した12基は全てPWRだった。福島第一の6基はBWRであり、技術的な問題と言うよりは、政治的な理由によりBWRの再稼働は見送られている。



■ 女川2号機の再稼働が転換点へ

東電の再建には柏崎刈羽原発6、7号機の運転再開が必須の要件だ。既に規制委員会は再稼働を実質的に容認したものの、立地自治体である新潟県の同意は得られていない。そうしたなか、同じBWRである東北電力女川原発2号機が、今秋にも再稼働するメドが立ちつつある。これが実現し、運転に問題がない場合、柏崎刈羽原発の再稼働に対する新潟県の理解も得られ易くなるだろう。



■ 緑の党・自由連盟は大幅な議席減

6月9日に行われたEU議会選挙では、極右政党が台頭する一方、原子力に厳しい姿勢を堅持してきた緑の党・自由同盟が大幅に議席を減らした。背景にはエネルギー価格の高止まりとインフレがあるのではないか。既にEUは原子力回帰へ大きく舵を切った。今回のEU議会選挙は、そうした流れを加速させるものになりそうだ。再エネと原子力の組み合わせが、環境とデジタルを両立させる鍵になるだろう。



■ 高まる原子力発電へのニーズ:まとめ

福島第一の事故から13年、原子力は国際的に転機を迎えた。データセンターやEVの普及で電力需要は急速な拡大が想定される一方、カーボンニュートラルの達成、価格の安定も重要な課題だ。それらの条件を考えれば、原子力へのニーズが高まるのは必然の流れだろう。日本も例外ではない。今秋に女川原発2号機が再稼働した場合、柏崎刈羽原発の立地自治体である新潟県の対応にも変化が見られるのではないか。BWRの再稼働は、国内における原子力の大きな転換点となる可能性がある。


 

 

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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