Article Title
米国大統領選挙アップデート④
市川 眞一
2024/08/27

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

ジョー・バイデン大統領が再選を断念したことで、11月5日に投票が行われる今回の米国大統領選挙は様相が様変わりした。6月27日の候補者討論会以降、勢いをつけてきたドナルド・トランプ前大統領の陣営は、新たに民主党の候補者へ躍り出たカマラ・ハリス副大統領を攻めあぐねている模様だ。8月22日に民主党全国大会が終わり、選挙戦は終盤に差し掛かった。政策を比べると、ハリス陣営がリベラル色を強く打ち出す一方、トランプ陣営は小さな政府を指向する政策を並べ、明確な対立の構造が見える。また、民主党側は、この大統領選挙を自由を守る戦いと位置付けることで、無党派層への浸透を狙っているようだ。稀に見る短期決戦において、勝敗を決めるのはアリゾナ、ジョージア、ペンシルバニア、ミシガンなど7州のスウィングステートになるだろう。現時点ではハリス副大統領に勢いがあるが、9月10日には候補者討論会が予定されており、その際のパフォーマンスが結果に影響を及ぼすと見られる。いずれにせよ、この選挙の帰趨はまだ不透明だ。



Article Body Text

■ 正副候補の合計年齢:民主党119歳、共和党118歳

トランプ前大統領は、副大統領候補にオハイオ州選出のJ.D.バンス上院議員を選んだ。年齢が39歳と若いことが、同前大統領との補完関係を考える上で重要な要素だったのではないか。一方、ハリス副大統領は、ミネソタ州のティム・ウォルズ知事をランニングメートに指名した。激戦州の多い中西部出身の白人、男性であることに加え、野心を剥き出しにするタイプではないことが、同知事を選んだ理由だろう。



■ 民主党は財源、共和党はインフレ的政策に課題

ハリス副大統領は、政権公約として、子育て世代の支援や処方箋薬価格の大幅な引き下げを掲げる一方、財源として法人税率の引き上げを採用した。典型的なリベラル系の政策と言えよう。トランプ陣営は、規制緩和や法人税率の引き下げなど、小さな政府を指向する政策を列挙している。さらに、金利の引き下げを求めている他、通商政策では『基礎的関税」の導入により製造業の国内回帰を強く打ち出した。



■ ハリス副大統領がリードを拡げる

ABC系のニュースサイトであるファイブサーティエイトの集計によれば、8月20日現在、全米におけるハリス副大統領の支持率は46.6%、ドナルド・トランプ前大統領が43.8%であり、その差は2.8%ポイントになった。ハリス氏にとってセーフティリードとは言えないものの、バイデン大統領と比べて劇的な変化をもたらしている。民主党の大統領候補交代は、今のところ上手く行っていると言えるだろう。



■ 民主党の候補者交代で進むケネディJr.離れ

ハリス副大統領の立候補により、民主、共和両党の候補者を嫌っていたダブルヘイターのうち、バイデン大統領の年齢を問題視してきた層はハリス支持に回っている模様だ。その結果、独立系のロバート・ケネディJr.氏の存在感が薄れている。「バイデン vs. トランプ」の場合、ダブルヘイターの捌け口として選挙結果に影響を及ぼす可能性のあった同氏だが、最近は両陣営にポストを要求していると報じられた。



■ 主なスウィングステートは7州

米国大統領選挙は50州及びコロンビア特別区(ワシントンD.C.)に割り当てられた538名の選挙人を奪い合うのが基本だ。過去の大統領選挙の結果、及び最新の世論調査を基に予測すると、43州及びワシントンD.C.は、既に概ね勝敗が見えつつあると言えるだろう。両候補への支持が拮抗して激戦になっているのは、アリゾナ、ジョージア、ネバダ、ノースカロライナ、ミシガン、ペンシルバニア、ウィスコンシンの7州と考えられる。



■ 両候補とも過半数にはまだ届かず

ハリス副大統領が強いのは、西部のカリフォルニア、北東部のニューヨーク、ニュージャージー、マサチューセッツなどであり、選挙人を合計すると226名になった。一方、トランプ前大統領は、南部のテキサスやフロリダ、中西部のインディアナ、アイオワなどで選挙人は合計234名だ。いずれも過半数の270名には達していない。勝敗はスウィングステート7州の結果が左右するのではないか。



■ 4州でハリス副大統領がリードを奪う

ファイブサーティエイトによれば、最新の世論調査の集計で、スウィングステート7州のうちミシガン、ペンシルバニアなど4州でハリス副大統領がリードを奪っている。それらの選挙人の合計は55名で、ハリス副大統領の獲得選挙人数は世論調査通りなら281名となり過半数を超える勢いだ。ただし、7州の支持率の差はいずれも小さく、11月5日までの約2ヶ月半で変化する可能性は否定できない。



■ 次の注目は9月10日の候補者討論会

今後の日程で最も注目されるのは、9月10日に予定される両候補の候補者討論会だ。6月27日はバイデン大統領のパフォーマンスが悪く、結局、候補者からの離脱を余儀なくされた。また、9月18日にはニューヨーク州地裁が不正資金支出疑惑で陪審員により有罪の評決を受けたトランプ前大統領に対し、裁判官が量刑を言い渡す。それが、有権者の心理に与える影響も無視できないだろう。



■ 米国大統領選挙アップデート④:まとめ


民主党の候補者が若返り、選挙の様相は一変したものの、まだ接戦の状況だ。ハリス副大統領が抜け出したわけではない。ただし、トランプ前大統領はハリス副大統領の個人攻撃に重きを置いた感が拭えない。それは、焦りの裏返しとも言え、状況としては良くないだろう。9月10日の討論会では、ハリス副大統領がどこまで冷静に対応し、政策論争でトランプ前大統領と対峙できるか、それが大きな焦点になるのではないか。仮に罵り合いになれば、1対1の喧嘩に慣れたトランプ前大統領の術中に嵌ることになる。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


日銀の利上げを制約する要因

「トランプ政権」の人事と死角

米国景気が堅調な二つの背景

与党衆院過半数割れと財政

トランプ次期大統領の「基礎的関税」 日本へのインパクト

ATDによる7&iHD買収提案が重要な理由