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米国の利下げと為替相場
市川 眞一
2024/10/01

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概要

9月17、18日のFOMCでFRBは4年6ヶ月ぶりに0.50%ポイントの利下げを実施した。ジェローム・パウエルFRB議長は、委員会後の会見において、「私たちはこれが経済及び私たちが使えるべき国民に正しいことだとの結論に達した」と語っている。今後の利下げのペースについては、緩やかなものになるのではないか。FRBの使命は「雇用の最大化」と「物価の安定」・・・相反する2つのバランスを維持することだ。米国の雇用は減速傾向をたどっているものの、労働力人口の伸びが鈍っており、失業率が大きく上昇する可能性が高いとは思えない。また、20世紀に入り、FRBには3回の利下げ期、即ち1)ITバブル崩壊期、2)リーマンショック期、3)新型コロナ期があった。いずれの経済の失速が金融危機へ拡大するなかでの緩和策であり、ソフトランディングへのコースをたどる今回とは大きく異なる状況だったと言える。今後の経済指標を慎重に見極めながら、FRBは緩やかな利下げを行うのではないか。2025年末のFFレートは4%前後の可能性が高いと考える。



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■ FOMCメンバーは2024年中に0.5%ポイントの利下げを示唆

FOMC参加メンバー19名の経済見通しでは、2024年末のFFレートの水準について、4.625%が7名、4.375%が9名おり、全体の中央値が4.375%になっている。ただし、過去のトラックレコードから見れば、これはあくまで参考と考えるべきだろう。パウエル議長率いるFRBは”in coming data(入手される経済指標)”を重視しており、雇用・物価関連のデータによって政策を微調整する傾向が強い。



■ エネルギーが物価の押し下げ要因

米国の消費者物価上昇率が最も高かったのは2022年6月の前年同月比9.1%だ。寄与度を見ると、エネルギーが3.0%ポイント、食品が1.4%ポイントを占めている。新型コロナからの経済の正常化、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、2022年6月8日、WTI原油先物は122.9ドル/bblへと上昇した。しかしながら、足下、エネルギー、食品ともに価格は落ち着き、それがFRBに利下げの余地を与えたと言えよう。



■ インフレは取り敢えず安定期へ

エネルギー、食品価格の安定により、米国のインフレは取り敢えず沈静化している。FRBがターゲットするコア個人消費支出物価上昇率は、2%台へ低下しており、概ね目標レンジへ到達したと言えそうだ。また、2年物、5年物、10年物インフレ連動国債と普通国債の利回りから算出した市場が織り込む期待インフレ率は、いずれの年限も2%近辺へと収斂した。足下の物価上昇要因は主に賃上げになっている。



■ 実質賃金は依然増加基調

資源主導型のインフレは、実質賃金の伸びがマイナスになる傾向があり、景気を下押ししかねない。一方、現在の米国経済は、労働力人口の供給が細って雇用が逼迫、引き続き堅調な状態を続けている。結果として、8月の平均時給上昇率は前年同月比3.8%に達した。実質賃金は単純計算で1.3%ポイントの伸びである。賃金主導型の物価上昇は、実質賃金の伸びを通じて景気を下支えするだろう。



■ 小売売上高は底堅い動き

8月の小売売上高は、自動車販売店・ガソリンスタンドを除くベースで市場予想を上回る前年同月比3.3%の伸びとなった。これは、実質賃金の増加が消費者心理を支えた結果と見られる。米国経済は、GDPに占める個人消費のウェートが68%程度に達し、雇用と消費の影響が極めて強い。失業率が低水準で推移、実質賃金の伸びがプラスで維持されていれば、減速はしても、失速して後退期入りする可能性は低いのではないか。



■ 21世紀に入って過去3回の利下げ局面は経済危機下だった

今世紀に入り、米国では3回の利下げ局面があった。1回目はITバブルの崩壊、2回目はリーマンショック、3回目は新型コロナ期だ。いずれも景気が失速を遥かに超えて大型の経済危機になった。結果として大幅な利下げが短期間に行われたのだ。今回の利下げ局面は、今のところそうした危機を背景にしたものではない。FRBにとっては、雇用だけでなく、インフレの再加速にも目配りせざるを得ないだろう。



■ 日米両国の物価上昇率はほぼ並んだ

日米経済に関するこれまでとの大きな違いは、両国の物価上昇率に大きな差がなくなったことである。つまり、両国の名目金利差は、概ね実質金利差となった。2025年末に米国のFFレートが4%前後、日本の無担保コール翌日物が1%にも満たないとすれば、日米間の短期金利差は名目、実質ともに3%ポイント程度になる。近い将来、結局、円キャリートレードが再開されるのではないか。



■ 米国は政策金利5%台でも2024年は2.6%の成長予想

IMFは、2024年における日本の実質成長率を今年1月の段階で0.9%と見ていた。もっとも、7月には0.7%へ下方修正している。一方、米国に関しては、1月の1.5%から4月に2.7%へ上方修正し、7月は小幅な見直しで2.6%とした。政策金利がゼロ近辺にも関わらず、成長率が1%に達しない国、政策金利が4~5%で成長率が2%台後半の国、どちら通貨が買われ易いかを考えるのは難しいことではない。



■ 米国の利下げと為替相場:まとめ


FRBが4年半ぶりに利下げをする大きなイベントを控え、為替市場では円安の修正が起こった。しかしながら、ファンダメンタルズから見た場合、米国景気はソフトランディングの途上にあって、FRBの利下げは緩やかなペースとなる可能性が強い。一方、日銀が大きく政策金利を上げるとは考え難い。畢竟、大きなトレンドとして円安局面が終わったと判断するのは時期尚早ではないか。今後、日米金融政策当局が発信する情報次第では、再び円キャリートレードが活発化し、円安が進むシナリオは十分に考え得る。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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