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米国はいつから「資産運用立国」になったか?
市川 眞一
2024/10/15

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概要

日本人の感覚としては、米国では建国当時から資産運用が文化として定着していたようなイメージかもしれない。しかしながら、実際のところ、家計による金融資産の運用が本格的に行われるようになったのは1980年代のことだ。二度の石油危機に見舞われた1970年代は、ハイパーインフレの時代であり、マネーマーケットファンド(MMF)など多様な金融商品が誕生した。また、男性の実質賃金が伸び悩むなか、女性の社会進出が進むなど、一般家庭のライフスタイルに大きな変化が起こった時期でもある。ダブルインカム化で余裕の生まれた世帯が、老後へ向け金融資産への投資を積極化したのが1980年代と言えるだろう。特にプロへ運用を委ねるスタイルが定着し、金融資産に占める投資信託のウェートが急拡大したのである。石破茂首相は、10月4日の衆参両院における所信表明演説において、岸田政権が主要政策に据えた『資産運用立国』を継承する方針を明確にした。デフレがインフレへと劇的に変化するなか、米国の事例は日本の参考になるだろう。



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■ 1990年代後半から個人金融資産が急増

FRBの統計によれば、個人による資産運用先進国である米国の場合、昨年までの50年間、家計の金融資産残高は年率7.1%のペースで拡大してきた。ただし、名目GDPの伸びを大きく上回るようになったのは、1990年代後半以降である。それまでは、経済とほぼ一致したトレンドだった。1970、80年代における米国経済の劇的な変化が、家計の行動に大きな影響を与えた可能性が強いだろう。



■ 1990年代以降、家計の金融資産の伸びが名目成長率を上回る

FRBの統計により、年代別の個人金融資産残高の推移を見ると、1950、60、70年代、家計による金融資産残高の伸びは名目GDPの年平均成長率を下回った。特に『黄金の1960年代』と呼ばれた高度経済成長期は、金融資産運用よりも自動車や家電など耐久財の消費が重視されたと考えられる。一方、1980年代に入ると、家計が保有する金融資産の残高は、名目成長率を上回る高い伸びになった。



■ MMFの登場が新たな金融商品の開発に拍車を掛けた

1970年代は二度の石油危機に見舞われたハイパーインフレの時代だ。預金金利が規制され、実質金利がマイナスとなるなか、市場金利連動型ノーロードファンドのMMFが開発された。一方、銀行業界は、MMFに対抗して市場金利連動型預金(MMC)を投入するなど、インフレに勝つため多様な金融商品が生まれたのである。それが契機となり、家計は金融資産の運用を積極化したと言えるだろう。



■ 1980年代から投信が急成長

家計の金融資産の構成を見ると、1950、60年代に構成比が50%前後を占めた株式は、純資金流出によりリーマンショック直後の2009年には26.5%へ低下した。その後の株価の大幅上昇と資金流入で、足下は40%前後の水準を回復している。一方、1980年に1.6%に過ぎなかった投信は、2023年末に12.8%になった。多様な金融商品の誕生もあり、プロに運用を委ねるスタイルが定着したと考えられる。



■ 1970年代に就業する既婚女性の比率が急上昇

1960年の米国では、既婚女性のうち、就業者は29.0%に過ぎなかった。また、1960年の労働参加率は、男性が83.3%だったのに対し、女性は37.7%に止まる。女性の就業率が本格的に上昇したのは、1970、80年代に入ってからだ。それは、家計による金融資産の運用が積極化した時期と概ね機を同じくする。この間における米国社会・経済の構造的な変化が、背景にあると考えるべきではないか。



■ 学士、修士、博士共に女性が過半数を占める

既婚女性の就業率が急上昇した理由は二つあったのではないか。一つ目は、女性の学歴向上と考えられる。学士を取得者のうち、女性の占める比率は1950年に27.3%、1960年は38.5%に止まったものの、1981年には50.3%で男性と逆転した。2021年は57.9%に達している。高等教育機関において学位を取得したことで、それを社会において役立て、経済的利得を求めるのは自然の流れだろう。



■ 1970年代以降、男性の実質賃金は伸びなくなった

二つ目の理由は、1970年代のハイパーインフレ期から、男性の実質平均賃金が伸びなくなったことではないか。1970年から昨年までの54年間、平均の男性の実質賃上げ率は年0.3%に止まる。一方、この間、女性の実質賃金は年率1.6%のペースで増加した。学歴の向上も寄与したと考えられる。70年代以降、女性が就労することにより、世帯収入が実質ベースで増加する状況になったわけだ。



■ インフレが家計の意識を「資産運用立国」へ変える

岸田前首相は、2022年5月5日、ロンドンにおける講演で「資産運用立国」を政権の政策の中軸に据えると宣言した。石破首相もそれを引き継ぐ見込みだ。日本経済はデフレからインフレへと劇的に変化、女性の社会進出も進みつつある。男性の実質賃金が伸び悩んでいることを含め、米国における1970,80年代の構造変化と似た面が多い。家計による金融資産の運用はより積極化するだろう。



■ 米国はいつから「資産運用立国」になったか?:まとめ


米国の家計が金融資産の運用を積極的に行うようになった背景には、1970年代のハイパーインフレ、男性の実質賃金の伸び悩み、そして女性の高学歴化と社会進出があったと見られる。ただし、仕事、家事、子育ての分担で多忙を極めるなか、多様な金融商品の中から適切と考えるものを選択する一方、実際の運用はプロに任せるスタイルが定着したと言えそうだ。それは、デフレから脱却した日本にとり、先行事例として参考になるだろう。資産運用立国は、長期的な政策として継続されるのではないか。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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