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トランプ次期大統領の「基礎的関税」 日本へのインパクト
市川 眞一
2024/11/19

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概要

ドナルド・トランプ次期大統領は、政権移行チームによる主要人事に着手、政策面ではパリ協定からの離脱、石油・天然ガス開発に関する規制の撤廃などについて大統領令の準備が進んでいるようだ。同次期大統領の政策に関して、世界経済に最も影響が大きいと想定されるのは、”baseline tariff(基礎的関税)”だろう。1930年に施行され、世界恐慌の一因と言われる『スムート・ホーリー法』を彷彿とさせるものだ。全ての輸入品に関税が課税された場合、新たな間接税導入と効果は同じであり、米国ではインフレが加速する可能性がある。また、世界貿易機構(WTO)体制が崩壊し、世界経済はブロック化へ進むのではないか。日本へも影響は避けられないだろうが、対米輸出の約4割を占める自動車関連は、既に米国内における完成車の生産台数が日本からの輸出台数の2倍になった。日本の自動車メーカーの備えは出来ており、打撃は相対的には小さいと想定される。ただし、世界経済がブロック化へ進めば、日本でもインフレ圧力が高まるだろう。



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■ トランプ政権下で関税率は大幅な引き上げ

第一次トランプ政権だった2017~2020年、米国の全ての輸入額に対して加重平均した関税率は1.4%から3.0%へ上昇した。2016年度に322億ドルだった関税税収は、2022年度には901億ドルへ増加している。北米自由貿易協定(NAFTA)を改定して米国・メキシコ・カナダ協定(USMC)とし、中国製品の一部に制裁関税を課すなど、ほとんどの通商交渉に関税を武器とした結果と言えるだろう。



■ 関税の大幅引き上げ、対抗措置で米国の輸出入は大幅に縮小

米国が大規模な関税の増税を行ったのは、1930年の世界恐慌期における『スムート・ホーリー法』まで遡らなければならない。逆資産効果による景気失速に直面、国内の農業を保護するため、1929年に38.8%だった課税対象品の関税率は、1932年に59.1%へと大幅に引き上げられた。結果として、1929年に44億ドルだった米国の輸入額は、1932年には13億ドルへと減少している。



■ スムート・ホーリー法は米国の経済失速の重要な要因

スムート・ホーリー法により、1929年に52億ドルだった米国の輸出は、1932年に16億ドルへと3分の1以下になった。貿易相手国が対抗措置として関税率を引き上げたからだ。その結果、1932年における米国の経済成長率は▲12.9%へと落ち込んでいる。また、世界的に広がる恐慌は第一次大戦の戦時賠償に苦しんでいたドイツ経済を直撃、アドルフ・ヒットラー率いるナチスが台頭する背景になった。



■ 2026年度の関税税収は3,500億ドルへ

超党派のシンクタンクである責任ある連邦予算委員会によれば、2024年度に814億ドルだった関税収入は、10%の基礎的関税導入により2026年度には3,500億ドルになる見込みだ。2024年度における個人の所得税は2兆5,033億ドルなので、その14%程度に相当する規模に他ならない。「トランプ減税」恒久化の財源が基礎的関税とすれば、それは新たな間接税を導入したことになるだろう。



■ インフレ率が大幅に高まる可能性

有力シンクタンクであるピーターソン国際経済研究所は、9月26日に発表したレポートにおいて、トランプ次期大統領の選挙公約が実現した場合、2025年の消費者物価上昇率は4.1~6.9%ポイント、2026年は4.1~7.4%ポイント押し上げられるとの見方を示した。基礎的関税は直接的に物価を押し上げ、米国国内において基礎的関税回避のため工場建設が加速した場合、労働力不足に拍車が掛かると想定される。



■ 米国は日本にとり最大の貿易黒字国

日本の貿易収支は、昨年、対中国が6兆5,555億円、対ASEAN2兆1,872億円、対EUが9,264億円の赤字だった一方、対米国は8兆7,138億円の大幅な黒字を維持した。円安で膨れ上がった面はあるものの、対米貿易黒字はリーマンショック直前の2007年以来の水準まで戻っている。米国は日本のビジネスにとって引き続き極めて重要な取引相手であり、その政策は日本経済へも影響するだろう。



■ トップ3は常に自動車関連が占めてきた

過去10年間における日本の対米輸出品目を見ると、自動車が10年連続で首位、自動車部品、エンジンを中心とする原動機が2、3位を占めていた。2023年の場合、この3品目の輸出額は6兆9,197億円、輸出総額の39.5%を占めている。トランプ次期大統領は米国の自動車産業保護に熱心であり、基礎的関税が導入された場合、日本で最も影響を受ける産業として自動車への注目が集まりそうだ。



■ 米国国内での生産台数が輸出台数の倍

1980年代の厳しい日米貿易摩擦を通じて、日本の自動車メーカーは北米での生産を強化してきた。過去50年間の為替の大きな変動も、現地生産を進める上で重要な動機だったと考えられる。2023年の場合、輸出の148万6千台に対し、日系メーカーの米国国内での生産は倍以上の327万2千台に達していた。日本の自動車産業は、基礎的関税への対応が進んでいると言えるかもしれない。



■ トランプ次期大統領の「基礎的関税」 日本へのインパクト:まとめ


米国が基礎的関税を導入する場合、WTO体制は崩壊し、世界経済はブロック化へ進むと想定される。サプライチェーンにおけるヒト、モノ、カネの移動が滞る結果、インフレが構造化する可能性が強い。日本経済もその影響は避けられないだろうが、自動車産業が米国での現地生産を進めてきたこともあり、相対的に見て対応力があると言えるのではないか。ただし、トランプ次期大統領は刹那的に通商政策を決める傾向が強い。早期に政権中枢への太いパイプを築けなければ、日本も苦労することになるだろう。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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