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経済学のキホン⑨ ~経済思想史⑥~
2024/05/02

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概要



1970年代に発生したスタグフレーションを受け、それまで主流だったケインズ型の経済政策への批判が高まり、かつての自由放任主義を再評価する思想が広まりました。



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■戦後のスタグフレーションとケインズ経済学への批判

1970年代から1980年代初頭にかけて、世界全体を物価高騰とそれに伴う不況が襲いました。そのきっかけの1つとなったのは2度にわたって発生したオイルショックです。1973年に勃発した第4次中東戦争(中東アラブ諸国対イスラエル)をきっかけに、石油輸出国機構(OPEC、1960年設立)の加盟国である中東湾岸6ヶ国がイスラエル支援国への原油輸出停止と原油の生産量削減、価格引上げ等の石油戦略を発動し、最初のオイルショックが発生しました。これにより、1970年ごろ1バレルあたり2ドル前後で推移していた原油価格(アラビアンライト注1)は高騰し、一気に11ドル強まで上昇しました。また、1978年後半から1979年前半にかけて起きたイラン革命により、原油価格は再び高騰し30ドルを超えました。経済の発展とともにエネルギー需要が急速に拡大し、石油への依存度を高めていた日本注2や欧米諸国は高いインフレ率と不景気に苦しみました。特に米国においては、ベトナム戦争長期化による財政赤字により国内でのインフレが従来より進行していた中、ドルと金の兌換の停止(ニクソンショック)を受けたドル安でさらに輸入物価の高騰が深刻化し、また日本や西ドイツの製造業が成長することによる国際競争力の低下したこと等が国内景気の悪化を招きました注3

このように、1970年代以降、世界でインフレが不景気と同時に進行したことが深刻な問題となりましたが、この状況をインフレと不景気を意味するスタグネーションを合わせてスタグフレーションとよびます。このような環境において、それまで主流だったケインズの思想に基づく経済政策は、賃金の上昇率(=インフレ率)と失業率はトレードオフの関係にある(フィリップス曲線)という考えに基づいていたため、スタグフレーションのような状況を解決することはできないとし批判の声が高まりました。また、政府が積極的に経済に介入するやり方では個人の利益を追求する活動が制限されるばかりか、財政出動による債務増大が財政を逼迫し、悪いインフレを起こしてしまい、かえって経済の成長が阻害されるとも考えられました。こうして再度、個人の自由な経済競争や市場のメカニズムを再評価し、政府の積極的な介入を是としない経済思想が広まりました。こうした思想は大きな括りで新自由主義とよばれます(図表1)。

注1:サウジアラビア産の原油価格。1985年までOPECが原油価格を決める際の基準原油価格としていました。
注2:第1次オイルショック後の1974年に日本のインフレ率は23.2%を記録しましたが、第2次オイルショック後の1980年は7.7%と他国に比べ、その影響は少なかったといえます。     
注3:日本や西ドイツの製造業の台頭は米国のみならずイギリスの競争力も低下させました、また、「ゆりかごから墓場まで」という言葉通り、手厚い福祉政策や産業国有化等がイギリスの財政や経済を逼迫し、イギリス病ともよばれる不況が広まりました。   

図表1:修正資本主義と新自由主義




■マネタリズム

前述のスタグフレーションを受け、ケインズ派の経済政策への見直しや批判が高まる中、台頭した経済思想がマネタリズムであり、著名な論客としてミルトン・フリードマンがあげられます。フリードマンは国営企業の民営化や財政出動(公共事業等)の縮小、規制緩和等により政府の役割を小さくし(小さな政府)、かつての自由放任主義に倣い、市場メカニズムに経済を委ねることを主張しました。また、「貨幣数量説(図表2)」に基づき、国内物価や人々の所得に影響を与えるのは貨幣供給量であり、これをコントロールすることで物価や所得の変動に対応できると説きました。これがマネタリズムの基本的な考え方になります。フリードマンは政府による裁量的な財政出動はその効果が限定的で長期的には作用せず、むしろ悪いインフレを招くだけであると考えました。さらに、ケインズの経済思想において、財政出動のみならず、利子率の引き下げにより投資や需要を刺激することも重要な政策でしたが、フリードマンはこれも批判的に捉えており、利子率はあくまで貨幣供給量をコントロールした結果にしかすぎず、なによりも貨幣供給量の安定化が景気の安定をもたらすと主張しています。しかしながら、このようなフリードマンはじめ、マネタリズムの基本的思想には欠点があるともいわれています。それは自由な経済競争を促す故の格差拡大です。経済思想史③でご説明した通り、社会主義的思想が誕生した経緯である資本家と労働者の格差拡大は資本主義的な自由経済が要因となるものでした。そのため、政府介入のない、自由放任主義を再評価するマネタリズムにおいては、経済発展の裏で格差拡大を助長する可能性があるといえます。

ここまでマネタリズムについて、フリードマンの主張に沿ってご説明してきましたが、現代においては、マネタリズムの考え方は多岐にわたっており、ケインズの経済思想に完全に批判的なものばかりではありません。実際に各国の財政政策、金融政策においては明確な区別をつけず、うまく融合を図るような経済政策が実務的に取られているといえます。


図表2:貨幣数量説(簡易的な説明)


 







 

 

 



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